第9章 夜の嵐
夜の帳が下りると、潮見島は乳白色の濃霧に深く沈んだ。海から這い寄る湿った空気は、街灯の光さえも滲ませ、数メートル先の景色すら奪い去る。だが、この視界不良は、闇に紛れて動く者たちにとって、好都合な天然の帳だった。
午後九時過ぎ。受信機から、村長の何気ない声が流れてきた。
「漁港の設備の点検に行ってくる。少し遅くなるかもしれん」
妻に告げる、ありふれた言葉。だが、圭一の研ぎ澄まされた感覚が、その声の裏に潜む不自然な響きを捉えた。こんな濃霧の夜に、一人で設備の点検だと?
圭一は音もなく立ち上がった。部屋を出る際、デスクの引き出しから、すでに実弾が装填されたSIG SAUER P2...
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チャプター
1. 第1章 台風前夜
2. 第2章 消えた潮騒
3. 第3章 波の証言
4. 第4章 スパイ
5. 第5章 嵐が来る前

6. 第6章 記憶の約束

7. 第7章 潮汐表の秘密

8. 第8章 仮面の下の真実

9. 第9章 夜の嵐

10. 第10章 嵐が来る

11. 第11章 嵐の中の対決

12. 第12章 嵐の後


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