紹介
顔が真っ赤になった私は、慌ててメッセージを削除しようと彼のスマホをこっそり手に取った。
すると偶然発見してしまったのは、私の連絡先が【フェニルエチルアミン】と登録されていること。恋愛ホルモン?
私は画面を見つめて呆然とした。頭が真っ白になった。
眼鏡をかけたこの天才義兄は3年間ずっと冷たく距離を置いていた。私のことなんて全然気にかけていないと思っていたのに...
足音が近づいてくる。義兄が戻ってきた。
彼はスマホの位置を確認してから私を見た。「僕のスマホ触った?」
今見たものをどう説明すればいいの?
チャプター 1
絵里視点
スマホを握りしめ、今週末の予定についてどう切り出そうか考えながら、私は悟の研究室へと向かう。
ほとんどの学生が週末めがけて帰り支度を終えた金曜の夕方、S大化学棟の空気はいつもとどこか違っていた。
『明日、お母さんとお父さんが出張から帰ってくるから、夜ご飯のこと、相談しなきゃ』。これまで何百回も繰り返してきた、ありふれた兄妹の会話。でも最近は、そんな些細なやりとりさえも、どこかぎこちなく感じてしまう。
研究室のドアを押し開けると、そこには悟が何やら複雑そうな装置に向かって身をかがめ、完全に作業に没頭している姿があった。保護ゴーグルを額に押し上げ、少ししわの寄った白衣を纏い、指先で繊細に何かミクロ単位の部品を調整している。彼らしい、その見慣れた姿は、すごく綺麗で……私は思わず足を止めた。
「悟?」
繊細そうな作業の邪魔をしないように、そっと声をかける。
悟は実験から目を離さないまま人差し指を一本立てた。「悪い、絵里。あと二分。今、一番大事なところなんだ」
私は、彼が部屋の隅に設けた小さな応接スペースに腰を下ろした。椅子が二脚とコーヒーテーブルが一つ。普段は化学雑誌や飲みかけのコーヒーカップで埋まっているそこが、今日に限っては比較的片付いている。たぶん、また徹夜でもしたんだろうな。
『梨乃なら今夜、ネットフリックスに付き合ってくれるかも』
梨乃にメッセージを送ろうとスマホを取り出す。彼女の連絡先を探して画面をスワイプした、その時。手の中でスマホがつるりと滑り、止める間もなく、間違えて悟とのチャットスレッドをタップしてしまっていた。
「やばっ!」
思わず声が漏れる。
どういうわけか、スマホの自動修正機能が、『今夜、何か一気見しない?』と打つつもりだったメッセージを、『今夜、一緒に過ごさない?』というとんでもない文章に変換してしまったのだ。
『最っ悪!!!』
問題のメッセージを睨みつけながら、恥ずかしさで顔から火が出る。悟はきっと、義兄に言い寄るヤバい女だと思うだろう。
「そっちは大丈夫か?」悟が振り返らないまま声をかけてきた。
「う、うん、大丈夫」
内心でこの大失態をどう説明すべきかパニックになりながらも、私はなんとか声を絞り出した。
「ちょっと手、洗ってくる。すぐ戻る」
そう言うと、悟はついに実験装置から離れた。
彼が角を曲がって姿を消した瞬間、私は弾かれたように立ち上がった。彼のスマホが、机の上に置きっぱなしになっている。以前から知っていたことだが、悟はロック画面を設定しない主義なのだ。『人を信じすぎだよ』と、よくからかったものだけど、今この瞬間ばかりは、彼のその無防備さに心から感謝した。
『メッセージを消して、何もなかったことにすればいい』。そう決めて彼のスマホを手に取ると、自分の手が微かに震えているのがわかった。
画面はすぐに明るくなり、メッセージの一番上に、私とのトーク画面が表示された。
だが、あるものが目に飛び込んできて、私は凍りついた。
送り主、つまり私の名前が、『絵里』ではなかったのだ。
そこには――『フェネチルアミン』とあった。
『フェネチルアミン』。
悟に比べれば、私の化学の知識なんてたかが知れている。だけど、この化合物が何を意味するのかくらいは、私にだってわかる。
それは、“恋の分子”。恋に落ちた時の、あの幸福感に関わる神経伝達物質だ。
『ええ……どういうこと?』
画面を見つめたまま、頭の中がぐちゃぐちゃになる。悟はスマホの中で、私のことを『フェネチルアミン』と登録していた。その意味に気づいた瞬間、これまで私たちが築いてきたと思っていた関係のすべてが、根底から覆されるような衝撃を受けた。
この三年間、悟は私に対して丁寧ではあるけれど、どこか無関心なのだと、ずっと思っていた。何かを頼めば助けてくれるし、会話だって当たり障りなく楽しい。だけど、そこにはいつも、慎重に引かれた一本の線があった。
きっと彼は、私がタイプじゃないからだ。あるいは、彼の気を引く価値もない、ただの学生の一人としか見ていないからだ。そう自分に言い聞かせてきた。悟がどうしてそんなにも私を遠ざけようとするのか、眠れない夜を幾度となく過ごしてきた。
でも、『フェネチルアミン』? これは、どうでもいい相手につけるニックネームじゃない。
『まさか……?』その考えはあまりにも大きすぎて、圧倒的すぎて、すぐには受け止めきれない。『悟は、ずっと……?』
廊下の外から足音が聞こえ、パニックが全身を駆け巡った。私は急いでスマホを元の場所に戻す。悟が戸口に再び姿を現したとき、私の心臓は肋骨を激しく打ちつけていた。
「悪いな」悟はペーパータオルで手を拭きながら言った。彼の視線はすぐに机の上、そして私へと移り、スマホの位置がほんの少しだけずれていることに気づいた瞬間を、私ははっきりと見て取った。
彼はスマホを手に取る。そして、私たちのトーク画面が開かれているのを見て、その表情が変わるのを私は見つめていた。誤爆されたテキストメッセージを読み、彼の眉がひそめられ、何か複雑な感情がその顔をよぎった。
「絵里」彼は慎重に口を開いた。「俺のスマホ、触ったか?」
喉が渇く。「……うん。ごめん、悟! あのメッセージ、悟に送るつもりじゃなかったから消そうと思って、見られる前に直したくて、それで.......」
「俺に送るつもりじゃなかったって、どういう意味だ?」彼の声は静かだったが、その奥に、私には判別できない何かが潜んでいた。
今だ。事故だったこと、あなたの連絡先名を見てしまったこと、私が知っていたつもりのすべてが粉々に砕け散ったことを、ありのままに伝えるなら、今しかない。でも、言葉が喉に詰まって出てこない。もし、私の勘違いだったら? もし、『フェネチルアミン』が全く別の意味だったら? 私が、存在しない何かを深読みしているだけだったら?
「他の人に送るつもりだったの」そう言っている自分の声が聞こえた。「私が……私が好きな人に」
悟はぴたりと動きを止めた。
「そうか」長い沈黙の後、彼は言った。その声はどこか違って聞こえた。虚ろに。「……わかった」
『違う、わかってない』。言葉が頭の中で叫んでいるのに、声に出すことができない。
「そろそろ行かなきゃ」これ以上状況を悪化させる前に逃げ出したくて、私は早口で言った。「やらなきゃいけないこと……思い出しちゃったから」
「ああ」悟はスマホを置き、実験装置の方へ向き直ったが、その肩に緊張が走っているのが見て取れた。「週末の予定は、また後で話そう」
私は研究室から逃げるように飛び出した。建物のドアを突き破って外に出ると、冷たい空気が顔を撫でたが、頭の中の混乱を少しも晴らしてはくれなかった。
『フェネチルアミン』。
その言葉が、壊れたレコードのように頭の中で繰り返される。歩くのをやめ、街灯に寄りかかり、化学棟を見上げた。悟の研究室の窓はまだ明かりが灯っていて、深まる闇の中に温かい黄色の四角を描いている。
『もし、本当に彼が……?』そこから先の考えをまとめることができない。その可能性はあまりにも巨大で、人生を変えてしまうほどで、完全には受け入れられなかった。
スマホが震え、梨乃からのメッセージが届く。「うちで映画ナイト! お菓子持ってきて!」
一瞬、行こうかと思った。何も考えずに娯楽に没頭し、今夜の出来事などなかったことにする。でも、あの連絡先名と、それが意味するかもしれないこと以外、何も考えられないだろうことはわかっていた。
もう一度、彼の窓を見上げる。明かりはまだついていて、研究室内を動き回る彼のシルエットが見える。明日には両親が帰ってきて、私たちはいつもの家族の力学に戻るだろう。でも、今やすべてが違って感じられる。私が探求する勇気があるかどうかわからない可能性に満ちている。
もし本当に悟が私に好意を寄せているとしたら、三年前のあの言葉はいったい何だったのだろう? あの時から、彼と距離を置くようになった。もしかしたら、私たちが初めて会った五年前から、考え直すべきなのかもしれない。
最新チャプター
おすすめ 😍
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
最強ベビーと難攻不落のママ
しかし、思いもよらない策略による一夜の過ちで、田中春奈は家を追い出され、故郷を離れて海外で学業を続けることになった。
その間、彼女はあの正体不明の男性の子を妊娠していることに気づく。
迷った末、彼女は子どもを産むことを決意した。
5年後、故郷に戻った彼女は江口匠海と出会い、次第に彼に惹かれていく。
しかし、ある事故をきっかけに、あのときの男性が彼であったことを知るのだった。
令嬢の私、婚約破棄からやり直します
婚約まで二年、そして結婚まで更に二年を費やした。
だが長谷川冬馬の心の中で、彼女は幼馴染の市川美咲には永遠に及ばない存在だった。
結婚式の当日、誘拐された彼女は犯される中、長谷川冬馬と市川美咲が愛を誓い合い結婚したという知らせを受け取った。
三日三晩の拷問の末、彼女の遺体は海水で腐敗していた。
そして婚約式の日に転生した彼女は、幼馴染の自傷行為に駆けつけた長谷川冬馬に一人で式に向かわされ——今度は違った。北野紗良は自分を貶めることはしない。衆人の前で婚約破棄を宣言し、爆弾発言を放った。「長谷川冬馬は性的不能です」と。
都は騒然となった。かつて彼女を見下していた長谷川冬馬は、彼女を壁に追い詰め、こう言い放った。
「北野紗良、駆け引きは止めろ」
億万長者の夫との甘い恋
あるインタビューで、彼女は独身だと主張し、大きな波紋を呼んだ。
彼女の離婚のニュースがトレンド検索で急上昇した。
誰もが、あの男が冷酷な戦略家だということを知っている。
みんなが彼が彼女をズタズタにするだろうと思っていた矢先、新規アカウントが彼女の個人アカウントにコメントを残した:「今夜は帰って叩かれるのを待っていなさい?」
名門貴族との甘い結婚
その男性こそ、ホワイトシティ一の大富豪だったのだ。
転生して、家族全員に跪いて懺悔させる
婚約者にも妹にも裏切られた私。
さらに悲惨なことに、二人は私の手足を切り落とし、舌を抜き、目の前で体を重ね、そして私を残酷に殺したのです!
骨の髄まで憎い...
しかし幸いなことに、運命の糸が絡み合い、私は蘇ったのです!
二度目の人生、今度は自分のために生き、芸能界の女王になってみせる!
復讐を果たす!
かつて私をいじめ、傷つけた者たちには、十倍の報いを受けさせてやる...
初恋よ、引き下がれ!
私は、彼を無性愛者なのだと思い込んでいた。……あの日、彼の裏切りを知るまでは。
夫の浮気が発覚したのは、相手の女が病院に運ばれたからだった。二人の行為があまりに激しかったせいだという。
そして、何よりも私を打ちのめしたのは、その相手が――私の実の妹だったという事実だ。
その瞬間、心臓を煮えたぎる油に放り込まれたような、耐え難い激痛が全身を貫いた。
跡継ぎ問題に悩む御曹司様、私がお世継ぎを産んで差し上げます~十代続いた一人っ子家系に、まさかの四つ子が大誕生!~
それから六年後——光瑠が子どもたちを連れて帰ってきた。その中に、幼い頃の自分にそっくりの少年の顔を見た瞬間、宴はすべてを悟る。あの夜の“よこしまな男”は、まさに自分自身だったのだ!
後悔と狂喜に押し流され、クールだった社長の仮面は剥がれ落ちた。今や彼は妻の元へ戻るため、ストーカーのようにまとわりつき、「今夜こそは……」とベッドの隙間をうかがう毎日。
しかし、彼女が他人と再婚すると知った時、宴の我慢は限界を超えた。式場に殴り込み、ガシャーン!と宴の席をめちゃくちゃに破壊し、宴の手を握りしめて歯ぎしりしながら咆哮する。「おい、俺という夫が、まだ生きているっていうのに……!」
周りの人々は仰天、「ええっ?!あの薄井さんが!?」
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!
今さら私の墓前で悔いるな
学校は私にとって、遊び場が変わっただけのようなものだった。
けれど、私は次第に気づいていった。どの授業でも一番前の席には、いつも同じ真面目な男子学生が座っていることに。
そして、いつも学校の一等奨学金が、同じ名前の生徒に贈られることに。山本宏樹。
いつからか、私は彼の後を追いかけるようになっていた。
大学の卒業式で、山本宏樹は奨学金を得た優秀な卒業生だった。
彼は卒業生代表の挨拶の場で、私が彼の恋人だと公言し、全校生徒数万人の前でプロポーズしてくれた。
あの頃、彼は前途有望な若き社長で、卒業前からすでに自分の会社を立ち上げていた。
一方の私は、骨肉腫だと診断されたばかりで、明日の太陽を見ることさえ贅沢な望みだった。
私は彼のプロポーズを断り、それから治療のために海外へ渡った。
しかし誰もが、私が貧乏な若者である彼を見下し、金持ちの御曹司に乗り換えて海外へ行ったのだと思っていた。
帰国後、彼は私に五百万円を投げつけ、彼と結婚するように言った。













