第3章
新年が近づくにつれ、王妃の病状は一向に快方へ向かわなかった。
ヴィクトリア貴妃が祝宴の準備を進める中、エルファリア王国全体が祝祭の雰囲気に包まれていた。
その日、一つの意外な知らせが王宮を駆け巡った――ゼファー貴妃が、王女を一人ご出産されたのだ。
さらに驚くべきことに、その女児が生まれた瞬間、何日も続いていた猛吹雪がぴたりと止んだのである。
国王は大いに喜び、自らその女児に「ソフィア」の名を授けた。
ソフィアは国王に愛され、健やかに成長できるものと思われた。しかし、それから一月も経たないうちに、ゼファー貴妃の侍女が赤子のソフィアを抱いて私の元へやって来た。
侍女は私を見るなり泣き崩れた。
「月妃様、お助けください!どうかソフィア様をお救いください!」
「落ち着いて、ゆっくりお話しなさい」
私はそう宥めながら、泣きじゃくる赤子を受け取り、あやす。
「エミリア貴妃様がソフィア様を殺害しようと、禁術を……それを私たちが見つけました。エミリア様がゼファー貴妃様を引きつけている間に、私にソフィア様を連れてあなた様の元へ行き、お守りいただくよう頼むと!」
私は内心で身をこわばらせた。
「王妃様にお会いしに行くわ」
王宮の聖堂、王室裁判所にて、侍女の口上を聞き終えた王妃の顔は、かつてないほど険しいものとなっていた。
しばしの沈黙の後、彼女はついに口を開いた。
「エミリア貴妃とヴィクトリア貴妃を召喚しなさい。それと同時に、国王陛下にもお越しいただくように。そろそろ王室裁判制度を始動させる時です」
聖堂の扉が押し開かれ、ヴィクトリア貴妃とエミリア貴妃が相次いで足を踏み入れた。
二人は王妃に礼をしたが、どちらも意図的に私の視線を避けている。
ヴィクトリア貴妃は侮蔑的な笑みを浮かべて言った。
「王妃様、私どもに何か御用でしょうか」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、再び聖堂の扉が開かれた。玉座の間の温度が急激に下がったかのように、蝋燭の炎さえも不安げに揺らめく。
国王が、陰鬱な表情で大股に歩み入ってくる。その指先には、マナの光が瞬いていた。
「陛下に拝謁いたします」
皆が一斉に礼をした。
国王は冷たく一同を睥睨しただけで、王妃の寝台の傍らに立った。
彼の視線はソフィアを抱く私の上でしばし留まり、やがて王妃へと向けられた。
「ソフィアを殺害しようとした者がいると聞いたが」
私は密かに国王の表情を観察する。
彼が王妃に向ける感情は極めて複雑だ。罪悪感と疎外感、そして言葉にしがたい哀しみが入り混じっている。
王妃はかすかに頷き、その声は弱々しいながらも威厳を失っていなかった。
「侍女よ、先ほど私に話したことを、もう一度話しなさい」
侍女は泣きじゃくりながら、ゼファー貴妃が殺害された経緯を繰り返した。
彼女が、ヴィクトリア貴妃が禁術を唱えた、と口にした途端、甲高い声がそれを遮った。
「でたらめを!」
ヴィクトリア貴妃の侍女が飛び出し、侍女の顔を思い切り平手で打った。
「幻術で我らを陥れるとは、許しがたい!」
侍女はよろめいて倒れ、頬には瞬く間に真っ赤な手形が浮かび上がった。
王妃はエミリアを冷ややかに見つめる。
「エミリア貴妃、そなたはいつからこのエルファリア王国の主となったのだ」
エミリア貴妃は顔色を変え、慌てて一歩前に出た。
「エミリアにそのような意図はございません」
王妃は冷たく彼女を見据える。
「ならば、法に従い、僭越の罪を犯した者に罰を与えるまで」
二人の衛兵がすぐさま進み出て、エミリア貴妃の侍女を引きずり出していった。
間もなく聖堂の外から凄まじい悲鳴が聞こえ、エミリア貴妃の顔色はさらに青ざめた。
「陛下!」
エミリア貴妃は突如、国王の前に跪いた。
「どうか私を信じてください!」
ヴィクトリア貴妃が一歩前に出る。
「陛下、我々は真実の鏡で真相を明らかにすることができます」
真実の鏡はマナの一部であり、エルファリア王国広しといえど、王妃にしか使えない。
しかし、彼女の体は、それほど消耗の激しい魔法を使うにはもう耐えられなかった。
王妃は微かに笑みを浮かべた。
「ヴィクトリア貴妃の提案を受け入れましょう」
国王は無表情だったが、指先の魔法の光はにわかに強まり、見えざる威圧となってエミリア貴妃を頭も上げられないほどに押さえつけた。
彼は自ら判決を言い渡す。
「エミリアを半月の間、外出禁止とする」
ゼファー貴妃の死は早々に闇に葬られ、赤子ソフィアの養育権が、今度は貴妃たちの争いの的となった。
「あの子は吉兆を纏って生まれた。育てれば、より多くの魔法資源を得られるに違いない」
「あの子を養育する者こそ、国王陛下の寵愛を得るだろう」
貴妃たちは顔を真っ赤にして言い争うが、母親を失った赤子のことを心から案じる者は誰一人いなかった。
「エイラ、そなたもソフィアを巡って争うものと思っていたわ」
二人きりになった時、王妃は私にそう言った。
「そなたが子供好きだということは、私にも分かるから」
私は静かに首を振った。
「陛下が彼女を愛しておいでなら、他の者たちが競って彼女を愛するでしょう。私の出番はありませんわ。それに、レオンとアレックスの世話だけでもう手一杯です」
王妃はそっと私の頭を撫でた。
「だが、心から彼女を愛せるのは、そなただけだろう」
二日後、王宮の執事が一隊の侍女を連れて臨月殿にやって来た。その腕には、すやすやと眠る赤子のソフィアが抱かれていた。
「月妃様、国王陛下はソフィア様をあなた様にお預けになることを決心なさいました」
王妃が陛下に何か口添えしてくださったのだろうと、私は思った。
その眠る小さな顔を見つめていると、胸の内に複雑な感情が込み上げてくる。
この子は、きっと私と縁があるのだ。私はそっとソフィアを受け取り、その額に口づけを落とした。
「臨月殿へようこそ、ソフィア」
