第6章

翌朝、私たちは温泉旅館を発つ準備をしていた。

高橋誠一が駐車場へ車を取りに行き、私は石段の上で待っていた。

朝の空気は清々しく、湿り気を帯びた松の木の香りがする。天野家を出てからというもの、空気さえも心地よく感じられた。

新鮮な空気を満喫するように深呼吸すると、突然、喉から軽い咳が込み上げてきた。

私は素早くハンカチを取り出してそっと鼻を拭い、血の跡がないか念入りに確認する。

幸い、今回はただの咳だった。病状が悪化していないことの証だ。

その時、見慣れた人影が旅館の脇の小道から飛び出してきた。

「千紗!」

私の前に立っていたのは松永梓だった。彼女の目は何日も眠...

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