第3章取りつかれている

~ヘルメス~

くそっ!

そのひと言が、まるで大理石に跳ね返る弾丸みたいに、オフィスのガラス壁に反響する。

囁いたんじゃない。本気で吐き捨てたのだ。

あの女は役員向けプレゼン資料の日付を間違えた。たったひとつの日付だ。だが、そのせいで数百万ドル規模の提携先を失うところだった。いい加減な仕事は許さない。まして、今の俺の状況ではなおさらだ。

だから、解雇した。

まだ朝の八時にもなっていないのに、血圧はもう頂点に達しそうだった。食いしばりすぎた顎が痛む。肩をぐっと後ろへ回し、机の後ろのマシンで真夜中みたいに黒いエスプレッソを一杯注ぐ。それを薬のように飲み干し、グラスをトレーに放り戻した。

オフィスが明るすぎる。

窓際まで歩き、顔に差し込む日差しをそのまま受ける。本来なら、株主向け報告書に集中すべきだ。アペックスのイノベーション戦略における四半期ごとの方向転換について考えるべきだ。あるいは……彼女以外の何かに。

だが、できない。

バーで会ったあの女のことが、頭から離れない。

あの、テキーラに酔い、榛色の目をした、口の減らない女。ポーカーの勝負師みたいな大胆さをしていて、慎みなんて言葉を知らない人間みたいなドレスを着ていた。

あの目……。あの目は、こちらの自尊心をひと呑みにして、その瞬間を一生忘れられなくさせるような目だった。

あの夜、実際そうされてもおかしくなかった。いや、そうしてほしいとすら思う。また彼女に会えたなら。くそっ、今そんなことを考えるべきじゃない。

あれに意味はない。そう自分に言い聞かせた。ただの身体だ。ただの発散だと。だが、ちくしょう、あの身体は飽きるまで何度でも抱き潰したくなる。

まるで当然の権利でもあるみたいに、彼女は俺の隣に座った。ゲームみたいな調子で番号を聞いてきた。俺が「一晩か?」と言うと、躊躇いもなく「一晩?」と返してきた。

ああ、あの忌々しい夜。

肌は柔らかかった。こんがりと焼けていて、なめらかで、熱と混沌と陽射しを汗で包んだみたいだった。口も達者で、俺が奥まで埋め込むまでは黙ろうとしなかった。しかもそれでも、あの女はにやりと笑う度胸があった。

「もしかして、あなたが大きすぎるだけじゃない?」

あの言い方がたまらなく好きだった。だから、もう一度言わせた。もう一度、奥まで突き入れながら。

俺は金を置かなかった。そこは絶対に破らないルールだ。小さな封筒に、名前も番号も書かずに残す。そうすれば、すべては清潔で、管理下に置ける。

だが、代わりにメモを残した。

ありがとう。

まるで素人みたいに。

長く鋭く息を吐き、机へ戻る。役員会資料はまだ開いたままだったので、指先で払うように閉じる。

「集中しろ」

そう呟いて、スマートフォンを手に取り、セラピーの予約を入れようとする。あの習慣がまた必要だ。このいまいましい仕事を引き受けてから、ずっと調子が狂っている。報道が俺をルシアンの遺産と呼び始めてから。腐りかけた帝国を受け継ぎ、それを今やこの両手だけで真っ白に洗い清めなければならなくなってから。

秘書回線をタップする。

「ポール」

出るなり、俺は呼びかけた。「誰か寄越せ。臨時の秘書だ。誰でもいい。ただ、有能で、口が堅いやつが必要だ」

「かしこまりました」

通話を切り、ジャケットを脱いで椅子の背に放り投げる。

カフスがきつすぎるので、前腕がやっと息をつけるところまで袖をまくり上げる。

彼女のことを思い浮かべながら、自分の手で何度も抜いた。それでも頭から追い出せはしない。むしろ、口にすることもできないような欲望に、さらに火を注ぐだけだった。

荒れ狂う思考を鎮めたくて、窓の外へ目をやる。ここから見下ろすと、街はひどく小さい。通り全体が、きらきらと光りながらもどこか哀れだ。ラスベガス。幻想は電気で走り、欲望で膨らむ街。そしてなぜか、この混沌は今や俺のものになってしまった。

片手をガラスに置き、下を見下ろす。

背後でドアがカチリと鳴った。その直後、匂いがした。

あの香水。芍薬と柑橘、清潔な肌の匂い。偶然で片づけられるほど曖昧じゃない。首筋が強張り、全身の動きが止まる。

違う。そんなはずが――考えすぎだ。きっと、そうだ。

ゆっくり振り向く。

そして、そこに彼女がいた。自信ありげに見せようとしているブラウスを着て。革のフォルダーを盾みたいに抱え込んでいる。野性的な栗色の髪を、どうにか後ろへまとめて――ほんのかろうじて。ふっくらした、少し噛まれたような桃色の唇は開きかけている。あのヘーゼルの瞳――大きくて、そしてどうしようもなく淫らに色っぽい。

心臓は高鳴らない。代わりに、落ちる。重く、唐突に。肋骨の奥へ隠れようとするみたいに。

彼女が固まり、俺も固まる。

彼女は、俺が知っていることを知っている。

くそ。

表情を整え、顎を引き締め、背筋を正す。何も言わない。動かない。

彼女は名札を見た。安っぽい昼ドラの悪い展開でも見せられたみたいに。視線がまた俺へ戻る。驚きはもちろんある。だがそれだけじゃない。怯え、混乱、熱。

目を冷たくし、手を動かさずにいると、彼女がかかとをわずかにずらしたのが分かる。緊張している。

俺は一度だけ頷く。ほとんど動いたとも言えない程度に。「ドアを閉めろ」凍りついた声で命じた。

彼女はびくりと跳ね、それから従う。ドアのクリック音が、必要以上に大きく感じられた。

そして俺は、二度と会わないと誓った女を見つめる。思い出すべきじゃない女を。

それでも、身体が忘れさせてくれない女を。

目を閉じる。ほんの半秒だけ――突然押し寄せてきた映像の洪水を遮るのに足りるだけ。開いた唇。掌の下で火照る肌。

舌を上顎に押しつけ、意識を地面に引き戻そうとする。だが無駄だ。映像は次々と落ちてくる。速くて、汚くて、デバッグできないウイルスみたいに。性欲が過剰だということは、ただの飢えじゃない。執着だ。頭の中の雑音が、常に、容赦なく続く。たった一度抱いただけの相手に、何年も取り憑かれることだってある。

それで、この女は? もうひとりで掻くことすらできない痒みだ。彼女が、ここにいる。

「座れ」思ったよりも乱暴な声が出た。

彼女はゆっくり腰を下ろす。脚をきっちり揃え、認識の光で目を見開いたまま。

俺は、気づいてしまうのが嫌だ。気づきたいと思ってしまうのがもっと嫌だ。

それでも視線は落ちる。スカートの布の下、かろうじて見える太腿へ。止める前に思考が脱線する。あの、俺が掴んだ肉厚な太腿。濡れて震える中心へ辿り着くまで、そこを支えにした。膝の少し上を噛んだときに漏らした声。絶頂に達したときの顔。

ちくしょう。

強く瞬きし、押し込める。彼女は、俺の視線の行き先を見たのか?

彼女は喋らない。自己紹介をするふりすらしない。俺がそれを認めるかどうか、様子を見ているのかもしれない。

だが、問題はそこじゃない。

問題は、俺が彼女の名前を知る前に、彼女を壊してしまったことだ。そして今、彼女は俺のものだ。性とは無関係で、距離という意味で、逃げ場のない形で。

彼女は俺の秘書で、そして今の執着だ。

それに俺の「症状」は? 担当医が言うように、切るスイッチなんてついていない。

俺は、いったいどうすりゃいいんだ。これから。

前のチャプター
次のチャプター