第2章

七海浩紀に初めて会ったのは、大学一年の入学式でのことだった。

質素ながらも清潔感のある服を着た彼は、新入生たちの集団の中でどこか浮いていた。しかし、その立ち姿は背筋が伸びて自信に満ちており、生まれながらの孤高さを感じさせた。

私はすぐに、彼のその雰囲気に惹きつけられた。

図書館が私たちの交差点になった。私が偶然を装って彼に会うたび、彼はいつも分厚い専門書に没頭し、眉をひそめて一心不乱に読み耽っていた。

クラスメイトたちの話では、彼の家はとても貧しいが、成績が非常に優秀なため、特待生として大学に入学したのだという。

だから、彼が申請していた奨学金がコネのある学生に奪われたと聞いた時、私は勇気を振り絞って彼に問いかけた。

「七海君、あなたのことが好き。私と付き合ってくれませんか? 私の家は裕福だから、お小遣いを分けてあげることもできるよ」

彼の表情は、一瞬にして冷え切った。

「同情は要らない。施しはもっと要らない」

私は諦めず、むしろ前にも増して彼にアプローチを続けた。毎日お弁当を届け、彼の代わりにノートをまとめ、彼がアルバイトをしているカフェでわざと手間のかかるドリンクを注文しては、少しでも長く彼を見つめた。

彼の拒絶が断固としたものになるほど、私の想いはよりいっそう強くなっていった。

転機が訪れたのは、大学二年の冬だった。

七海浩紀の祖父が危篤に陥り、手術費用が必要になったのだ。その知らせを聞いた私は、すぐに自分の貯金を全額、彼に振り込んだ。

「どうして、俺を助けるんだ?」

病院の廊下に立ち、彼はかすれた声で尋ねた。

「好きだからだよ」

私は笑って答えた。

七海浩紀はついに私の想いを受け入れ、私たちは付き合い始めた。付き合い始めてからも、彼はアルバイトで稼ぐことをやめず、私の援助を受けることは滅多になかった。

キャンパスでは、彼が涼宮家に乗り込むために私と付き合っているのだという噂が流れ始めた。

「あんな人たちのこと、気にしちゃだめだよ。私たちに嫉妬してるだけだから」

私は無邪気に彼を慰めたが、その瞳の奥に宿る影が日増しに濃くなっていくことには気づかなかった。

大学四年の年、涼宮家の事業が突然破産した。

私は七海浩紀に何も告げず、ただありふれた午後、「なんだか、少し疲れちゃった。私たち、別れましょう」とだけ言った。

彼は長い間私を見つめ、ただ一言だけ返した。

「わかった」

その日の夜、私は携帯の番号を変え、LINEのアカウントを削除し、住んでいた街を離れ、借金返済のためのアルバイト生活を始めた。

三ヶ月前にようやくこの街に戻ってきて、いくつかの仕事を掛け持ちしている。

ある日、偶然にも商業雑誌で七海浩紀の写真を見かけた。

彼は順風満帆な人生を送っているようで、今やAI技術分野の新進気鋭の起業家となっていた。

雑誌には彼の新しい恋についても報じられており、女優の千葉恵里菜と交際しているとのことだった。

千葉恵里菜は私たちの大学で一番の美人で、才色兼備の二人が並ぶ姿はとてもお似合いだった。

胸に込み上げる酸っぱさと後悔を必死に堪え、これでよかったのだと自分に言い聞かせた。胸は痛むけれど、それは私一人の問題だ。

午前三時、仕事が終わった。

エレベーターのボタンを押したが、何の反応もない。

階段で行こうかと思ったその時、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。

「エレベーター、故障してるみたいだけど、管理会社に連絡しなくていいのか?」

私は凍りつき、振り返ることができなかった。

暗闇の中、七海浩紀の声はあまりにも鮮明だった。

「い……いえ、大丈夫です。階段で行きますので」

私はわざと声を低くした。

「少し足が痛むんで、エレベーターを使いたいんだが」

彼は平然と言った。

「君はバーの従業員だろう? 管理会社の電話番号くらい知ってるんじゃないか?」

サービス業の人間として、客の要望を断ることはできない。

「はい、ただいま連絡します」

私はスマートフォンを取り出し、管理会社に電話をかけた。

管理会社はすぐに人を向かわせると言ったが、数分待つ必要があるとのことだった。

気まずい沈黙が私たちの間に広がる。

「いつもこんなに遅くまで働いてるのか?」

彼が不意に尋ねた。

「ええ、お客様が全員お帰りになるまで待たないといけないので」

私はできるだけ他人行儀な口調で答えた。

「どうしてそんなにきつい仕事を?」

と彼はさらに問う。

「お金を稼がないと」

私は短く答えた。

「家族は迎えに来ないのか?」

その質問に頭の芯が痺れる。

「遅いので、起こしたくなくて」

「彼氏は? 迎えに来ないのか?」

「家が近いので、一人で帰れます」

しばしの沈黙の後、彼は軽く笑った。

「ずいぶん素っ気ない彼氏なんだな。俺の彼女はすごく甘えん坊で、寂しがり屋なんだ。管理会社がこんなに遅いと、待ちくたびれてるかもしれない」

「もう一度、催促してみます」

ようやく管理会社の人間が到着し、私はほっと胸をなでおろした。適当な理由をつけてその場から逃げ出そうとしたが、彼にぐっと手首を掴まれた。

「なぜ逃げる?」

彼の声は、抑えつけられていた怒りを突如として爆発させた。

「お前は、もうどこにも逃げられないぞ? 涼宮サトミ」

彼は、一言一言区切るように言った。

心臓が止まりそうになった。彼に気づかれた。

「何も言わずに姿を消し。いい気分だったか?」

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