第2章
実の兄である颯斗が、突風のように玄関の扉を乱暴に開け放った。コートを脱ぐことすらもどかしいのか、血走った目に焦燥を浮かべ、ソファへと一直線に飛び込んでくる。
「好恵! 兄さんが帰ってきたぞ、どこか怪我はないか」
震える両手で冷や汗を流しながら、好恵の体を隅々まで確認する。まるで彼女の肌にほんの少しでもかすり傷があれば、この世の終わりだとでも言わんばかりの狼狽ぶりだった。
好恵は怯えた小鹿のように颯斗の胸へとすがりつき、大粒の涙をぼろぼろとこぼした。
彼女が無傷であることを確認し、颯斗は深く安堵の息を吐く。だが振り向いた瞬間、その瞳に宿っていた安堵は、突如として爆発した狂気じみた殺意へと変貌を遂げた。
「綾花あの悪辣なクズはどこだ」
ギリッと歯ぎしりをし、呪詛のように言葉を吐き捨てる。
「あいつはこの家に足を踏み入れたから、血の繋がりを盾にして狂犬みたいにお前に噛みつきやがった! 挙句の果てに金でゴロツキを雇って誘拐だと? 今日という今日は絶対にあの皮を剥いでやる!」
「お兄ちゃん、やめて……」
好恵は颯斗の袖をきつく握りしめ、痛ましいほどに泣きじゃくった。
「あの不良たち、お姉ちゃんからお金をもらって私を乱暴するように頼まれたって言ってたけど……でも……結局何にもされなかったんだから!」
「乱暴だと?!」
その一言が、一瞬にしてリビング全体を爆発させた。
「あのゲス共、お前に手を出そうとしたのか?!」
颯斗は目を血走らせてギリギリと拳を鳴らす。額に青筋を浮かべたその様は、もはや狂気に囚われている。
「綾花のクソアマめ! よくもそんな卑劣な手段で、好恵の人生を台無しにしようとしやがったな!」
母の朋美が勢いよく立ち上がり、金切り声で冷酷に言い放つ。
「なんてこと! どうして私からあんな底意地の悪い娘が生まれてきたの!」
「執事! 人をやってあの親不孝者を縛り上げてこい!」
父の昭一郎がローテーブルの上のグラスを平手で叩き割り、陰惨な目を向ける。
「引きずり戻したら、この私が直々に両脚をへし折ってやる!」
好恵はドクンと心臓を跳ねさせた。自分の芝居が露見するのを恐れたのだろう。
彼女はドサリと床に膝をつき、昭一郎の脚にすがりついた。
「お父さん! お願いだからお姉ちゃんを責めないで! きっと私をちょっと脅かしたかっただけなのよ。じゃなきゃ、私がこうして無傷で帰ってこられるはずないじゃない? お姉ちゃんが本気で私を傷つけようとしただなんて、私、絶対に信じない!」
「この子は本当に馬鹿なお人好しね。あなたは優しすぎて、人の心の闇がちっともわかっていないのよ!」
朋美は胸を痛めながら、好恵をきつく抱きしめた。
名状しがたい酸鼻と不条理が私を呑み込む。この家と呼ばれる場所において、私は血の通った実の娘であったことなど一度もない。いつだって彼らの鬱憤を晴らすための、ただの野良犬にすぎなかった。
痛いほどわかっている。仮に今の私が生きた人間であったとしても、飛び出して行って好恵の偽善の皮を剥ぎ取り、これまでの数々の罠を告発したところで無駄なのだ。両親は私を力任せに張り倒し、嫉妬に狂ってでたらめを口走っているのだと罵倒するだけだろう。
この反吐が出そうなリビングから逃げ出したい。だがどれほど足掻こうとも、私の魂は見えない呪いの力によって、母である朋美の傍にきつく縫い付けられていた。声を発することもできず、ただ姿なき囚人として、この胸を抉るような屈辱を強いられ続けるしかない。
六歳の時、私は石黒家に取り違えられた本当の令嬢として、期待に胸を膨らませながらこの屋敷へと帰ってきた。
ようやく私にも家族ができたのだと思った。だがその翌日、好恵は私の宝物だった人形を踏みつけながら、見下すように冷笑したのだ。
「あなたが戻ってきたからって何なの? この家ではね、あなたは私の足元を這いずり回る犬がお似合いなのよ」
その夜、彼女は自らの腕を切り裂き、私に虐待されたのだと泣き喚いて濡れ衣を着せた。私が一言の弁解を口にする間もなく、父から容赦のない蹴りが鳩尾に飛んできた。
九歳の時、私は四十度の高熱を出し、全身が焼け焦げた鉄のように熱くなった。
それでも昭一郎と朋美は私に見向きもせず、好恵のくだらないピアノコンクールに付き添うためだけに、私を冷え切った屋敷に放置して見殺しにしようとした。
祖母が駆けつけた頃には、私はすでに意識が混濁し、脳炎で命を落としかけていた。激怒した祖母は両親の鼻先を指さしてろくでなしだと罵り、腹黒い好恵を家から追い出すよう強硬に要求した。
あろうことか実の親である二人は、養女を守るために祖母の面前で土下座して誓いを立て、どうにかその怒りを鎮めたのだ。
だが、祖母が帰った直後。
昭一郎は陰鬱な顔で私を指さし、怒鳴りつけた。
「幼い癖に底意地の悪い。仮病を使って告げ口することまで覚えおって!」
朋美もまた、嫌悪に満ちた目を向ける。
「どうしようもない子ね。石黒家に迎え入れたところで、あなたの骨の髄まで染み込んだ卑しさと劣等感は洗い流せやしないわ!」
それ以来、彼らはすべての愛情を好恵に注ぎ込み、私にとっては息をすることすらも原罪となった。
時が経つにつれ、私は悟り、そして完全に諦めた。あらゆる渇望を押し殺し、あの滑稽なほどに薄っぺらい家族愛を求めるのはやめにした。
——それから、あっという間に三日が過ぎた。
朋美は純銀のナイフとフォークをボーンチャイナの皿に乱暴に叩きつけ、青筋を立てた。
「もう三日よ! 綾花の小娘、未だに電話に出ないばかりか、メッセージ一つ返してこない! 這いつくばって好恵に土下座して謝るどころか、音信不通だなんて!」
怒りで胸を激しく上下させるその眼差しは、まるで宿敵を前にしたかのように冷酷だった。
「いい度胸してるわ! ゴロツキを雇って妹を誘拐しておきながら、今更怖気づいて隠れてるってわけ? 私の手に落ちたら、あの身の程知らずのクズを絶対に許しはしないわ!」
昭一郎はブラックコーヒーを手に取って一口啜り、氷のように冷ややかな口調で言った。
「そうカリカリするな、体に毒だ。あんな奴はスラム街に投げ捨てて野垂れ死にさせればいいと、前から言っていただろう。石黒の血が流れていようと関係ない。あれはもはや、我が家の最大の恥だ」
鮮やかな赤いフランス風ソースが絡んだミディアムレアのステーキを優雅に切り分けながら、二人はどうやって私の両脚をへし折り、どうやって完全に家から叩き出すかについて熱心に語り合っている。
私は朋美の背後にふわりと浮かび、彼女のよく手入れされたうなじを見つめた。私の瞳にはもう、静寂に沈んだ悲哀しか残っていない。
まる三日間、彼らはただの一人もボディーガードを派遣することなく、私の行方を捜そうとさえしなかった。
今この瞬間も、私の死体はあのカビ臭い地下の貯蔵室に横たわり、跡形もなく腐乱し、異臭を放ち続けているというのに。
