第4章
「この店、まだあったんだ」
私は街角の少し古びたラーメン屋を指差した。看板の「山田ラーメン」という文字は色褪せているが、店の扉はまだ開いており、どことなく懐かしいスープの香りが漂ってくる。
「明日さん、入ってみますか?」
玲子が尋ねた。
「うん、昔の頃よくここでラーメンを食べてたんだ」
私は頷き、足取りは自然と速くなる。
扉を開けると、店内のレイアウトはほとんど変わっていなかった。ただ、壁に黄ばんだ写真がいくつか増えているだけだ。カウンターの向こうには白髪頭の老人が一人、俯いてネギを刻んでいた。
「いらっしゃい」
彼は顔も上げずに言った。
私たちは窓際の席に腰を下ろす。玲子がメニューを手に取る一方、私は直接声を張り上げた。
「おじさん、塩ラーメン一つ」
老人はそこでようやく顔を上げ、目を細めて私を数秒間眺めると、頷いた。
「へい、塩ラーメン一丁」
「私は豚骨ーラーメンで」
玲子はメニューを閉じて言った。
老人が厨房へと向きを変えると、玲子が小声で尋ねてきた。
「明日さん、この店主さんとお知り合いなんですか?」
「山田おじさん。私が小学校の頃からここで店をやってるの」
私は辺りを見回す。
「看板は変わったけどね。昔は『山田つけ麺』だった」
ほどなくして、湯気の立つラーメンが二つ運ばれてきた。私は麺を箸で一掴みし、そっと息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。
「まだ同じ味だね」
私は微笑んで言った。しかし心の中では、自分の食欲がどんどん落ちていることを理解していた。化学療法の副作用で、食べ物の味はほとんど分からない。記憶の中から、あの懐かしい味を探り当てているに過ぎない。
私たちがラーメンを食べていると、山田のおじさんが小皿を手にこちらへ歩いてきた。上には温泉卵が二つ乗っている。
「サービスだよ」
彼は皿を置き、私を見て言った。
「昔、この商店街にいたやんちゃ娘によく似てる。すっかり大きくなって、大スターになっちまった」
私は一瞬きょとんとしてから、笑って言った。
「おじさん、記憶力いいんですね」
「あのやんちゃ娘は、いつもつけ麺を頼んで、温泉卵を追加してたんだ」
山田のおじさんは手を拭う。
「今は昔ほど商売も振るわなくてね。この通りも立ち退きになるし、来年には引退しようと思ってる」
「そうなんですか……」
私は静かに応じた。
山田のおじさんは続ける。
「不思議なことに、ここ何年かずっと店に金を振り込んでくれる人がいてな。毎月きっかりだ。たぶん、あのやんちゃ娘じゃないかと思ってるんだが、どうだろうね?」
私は答えず、ただ俯いて温泉卵を箸でつまみ、自分の丼に入れた。
ラーメン屋を出た後、玲子が待ちきれないといった様子で尋ねてきた。
「明日さんが、そのやんちゃ娘なんですよね?」
「うん」
私は頷いた。
「昔、山田のおじさんによく卵をサービスしてもらってたから。女優になってお金ができてから、毎月少しだけお店に振り込んでるの。恩返しのつもりでね」
「でも、週刊誌には明日さんのこと『芸能界一のケチ女優』って……女子学生への援助を断ったって書いてありましたけど……」
「その女子学生、エルメスのバッグを買うお金と整形費用を無心してきたの」
私は淡々と言う。
「確かに断ったわ。でも、山間部の貧しい子供たち十数人には援助してる」
「どうして週刊誌はそっちを報道しないんですか!」
玲子は憤慨して言った。
「みんな、スターのスキャンダルが見たいだけでしょ?」
私は笑って、前方を指差した。
「見て、あれが私たちの高校よ」
校門はほとんど変わっておらず、ただ壁のペンキが塗り直されているだけだった。私はあちこちの建物を指差しながら玲子に説明する。
「あれが音楽室で、あっちが図書館。グラウンドはもう全天候型のタータントラックに改修されたわね」
「明日さんは、ここで高橋さんと出会ったんですか?」
玲子がおずおずと尋ねた。
「うん、私たちは『宿敵』だった」
私は校門の外の壁に寄りかかる。
「全国模試では、いつも二人で学年一位を争ってた。後で知ったんだけど、彼はわざと試験で一問少なく書いたり、間違えたりして、私よりほんの数点だけ低くなるようにしてたの」
「どうしてそんなことを?」
「私が喜んでる顔を見ると、彼も嬉しくなるからだって」
私は静かに言い、視線を遠くへ向けた。
「大学の入学試験が終わった日、彼に告白されたんだけど、当時の私にはそれが告白だって分からなかった」
高校の門の前に立ち、私はふとカメラの方へと向き直り、真剣な口調になった。
「最後に彼とどれだけ疎遠になったとしても、彼がかつて私によくしてくれたことは全て本当です。だから皆さん、高橋崇之を探しに行ったり、ネットで彼を攻撃したりするのはやめてください」
高校を後にして、私たちは近くの小さな公園へ歩いた。これだけ歩くと、私はもうかなり疲労を感じ、息も少し不安定になっていた。
「明日さん、少し休みますか?」
玲子が心配そうに尋ねた。
私は頷き、ベンチに腰を下ろす。
「ちょっと歩きすぎたかな」
「他に、何か話しておきたいことはありますか?」
私は首を振り、バッグから緑色の小さなカードを取り出した。「私、『グリーンリボン』の臓器提供意思表示カードにサインしたの。私の分まで、ちゃんと生きてね」
玲子は驚いて私を見つめた。
私はカードをバッグにしまい、遠くの夕日を眺める。
まだ、口にしていない言葉が一つだけあった。
高橋崇之、今、あなたにとても会いたい。
