第40章 彼が汚いのが嫌だ

名取佳奈ははっと振り返り、案の定、薄井礼央の底なしの黒い瞳にぶつかった。

どれだけ暗がりで待っていたのか。黒のスーツは相変わらず寸分の乱れもなく、眉間には溶けない凶気が凝り固まっている。周囲の空気が、ぞくりとするほど重い。

さっき会場で体面のために押し殺していた怒りが、いまになって一気に噴き上がり――そのまま彼女を呑み込みそうだった。

「薄井礼央、放して!」

佳奈は必死に身をよじる。手首を握り潰されるように痛く、骨がきしんで割れそうだ。

だが薄井礼央は抵抗など意に介さない。もう片方の手で腰をがっちりと押さえ、半ば引きずるようにして、物陰に停めてあった黒いマイバッハの横へ連れていく。...

ログインして続きを読む