第4章
交番の応接室で、私は手にしたティッシュを固く握りしめていた。涙はとっくに枯れ果てていた。
「橘さん、ご安心ください。神代様はすぐにここから出られます」
スーツに身を包んだ弁護士チームが私の周りに座っており、その筆頭らしきベテラン弁護士が穏やかな声で慰めてくれた。
「すでに最高の刑事弁護士に連絡済みです。神代家の影響力をもってすれば、このような謂れのない嫌疑など、到底通用しません」
私は頷いたが、心境はひどく複雑だった。
一方では、哲司が本当に大変な目に遭うのは見たくない。しかし、もう一方では、彼にこんなに早く出てきてほしくもなかった——彼が私に何かを、それも徹底的に隠していると確信していたからだ。
「橘さん」
佐藤警部がこちらへ歩み寄ってきた。
「前田由香の事件について、何か他に補足することはありますか?」
私は目尻を拭った。
「警部、別の角度から捜査に協力したいんです」
「別の角度?」
私は深く息を吸った。
「……哲司と、あの謎の女性が不適切な関係にあったのではないかと疑っています」
佐藤警部は眉をひそめた。
「つまり、痴情のもつれだと?」
「たぶん」
私は裏切られた恋人を演じきれるよう努めた。
「最近、彼の行動はおかしかったんです。夜中に外出し、怪しい電話に出て……はっきりさせる必要があると思います」
佐藤警部は手元のファイルをめくった。
「我々の調査によると、その女性の名前は前田由香、24歳。フリーのカメラマンで、二年前にとある雑誌社を辞めてからは一人で生活していたようです」
「彼女と哲司は、以前に接触は?」
「そこが奇妙な点なんです」
佐藤警部は首を振った。
「二人のSNS記録、通話履歴、銀行の取引履歴をくまなく調べましたが、接点は一切見つかりませんでした。痴情のもつれが引き起こした事件には見えませんね」
「ですが」
佐藤警部は続けた。
「今夜これから、前田さんの実家へ向かい、捜査を行う予定です。何か手がかりが見つかるかもしれません」
「どこですか?」
「神奈川県にある小さな町です。そこには神代家の本家があるとか」
私の心臓が、不意に跳ね上がった。神代家の本家? 哲司からそんな話、一度も聞いたことがない!
「私も一緒に行ってもいいですか?」
私は切迫した声で尋ねた。
「被害者の……家族として」
佐藤警部は一瞬、躊躇した。
「規則に反するのですが……」
「お願いします!」
私は彼の腕を掴んだ。
「真実が知りたいんです!」
一時間後、私は田中守の運転する車の助手席に座り、佐藤警部の車の後を追っていた。
「橘さん、本当にいいのか?」
田中守が心配そうに言った。
「彼に仕返しされますよ」
私は力なく笑った。
「田中先生、巻き込んでしまってごめんなさい」
「構いません」
田中守はハンドルを握りしめた。
「どうも学校での一件が腑に落ちなくて。調べるからには、徹底的にやりたいんです」
夜の闇の中、高速道路の両脇の景色が猛スピードで後ろへ流れ去っていく。
私はシートに身を預け、疲労困憊のあまり、すぐに眠りに落ちてしまった。
夢の中で、私は半地下にある土壁の部屋にいた。
部屋は薄暗く、数本の蝋燭が弱々しい光を放っているだけだ。
動こうとしたが、体は全く言うことを聞かず、「自分」が部屋の奥へと進むのをなすがままに見ているしかなかった。
小さな窓から外を見ると、広場にいくつかの死体が吊るされているのが見えた。いずれも若い女性で、古代の衣装を身に着けている。彼女たちの目は抉られ、口は大きく開かれ、まるで声なき絶叫を上げているかのようだった。
「夏花、準備はよいか?」
背後から、年老いた声が聞こえた。
振り返ると、同じ年頃の少女たちが数人いた。彼女たちの手にはいずれも金色の盆が載っており、その中には……人の頭、心臓、そして血まみれの肉塊があった。
「はい、長老様」
自分の声が答えるのが聞こえた。
待って、私は「夏花」と呼ばれた?
私は他の少女たちに続いて広場の中央へと向かった。そこには巨大な石の祭壇がある。壇上には複雑な儀式の道具が並べられていた。青銅の鏡、古めかしい巻物、そして様々な不気味な形をした器。
「今宵、我らは再び眠れる存在を呼び覚ます」
長老が両手を掲げた。
「夏花よ、召喚の音を奏でよ」
私は懐から骨製の笛を取り出した。それは明らかに人骨で作られており、暗赤色の斑点が付着している。
吹き始めると、その音色は空霊で哀しくも美しかったが、どこか不気味なほどの底冷えする感覚を伴っていた。
笛の音が響き渡ると、他の少女たちはゆっくりと広場の四方へと下がり、私一人だけが祭壇の前に取り残された。
空が暗くなり始めた。日没のような自然な暗さではなく、まるで何か巨大な影が空全体を覆い隠したかのようだ。
『夏花……』
地の底から、低く響く声が聞こえてきた。それは言葉では言い表せないほど古めかしく、威厳に満ちていた。
悲鳴を上げたいのに、この体を全く制御できない。「夏花」は敬虔で专注な表情のまま、骨笛を吹き続けている。
その時、地面が揺れ始め、祭壇の上の器が甲高い音を立ててぶつかり合った……。
「きゃあ——!」
私は悲鳴を上げて夢から覚め、冷や汗で服がぐっしょりと濡れていた。
「橘さん!」
田中守が急ブレーキをかけた。
「どうしたんだ!?」
私は大きく息を吸い込み、心臓が激しく脈打つのを感じた。
「……すごく、怖い夢を……」
「車に乗ってからずっと様子がおかしかった」
田中守は心配そうに私を見た。
「どこかで一度休みますか?」
「いえ、大丈夫です」
私は額の汗を拭った。
「佐藤警部を追い続けましょう」
携帯を取り出し、哲司に電話をかけようとしたが、彼の番号はすでに繋がらなくなっていた。
