第77章

未来は全身を強張らせ、条件反射的に振り返ろうとした。背後にいる男の表情を確かめるために。

「蒼司……」

口を開いたその瞬間だった。振り返った勢いのまま、彼女の柔らかい唇が、図ったように男の彫りの深い頬を掠めたのだ。

生温かく、きめ細やか。湯上がりの清涼な湿り気が伝わってくる。

その一瞬、時が止まったかのようだった。

肩に乗せられていた熱がふいに離れる。蒼司はゆっくりと上体を起こした。その底知れぬ漆黒の瞳は、灯りの下で濃い墨を溶かしたように澱み、じっと彼女を捕らえて離さない。

未来の心臓が大きく跳ねた。純粋な事故なのだと弁解しようとした矢先、男の低く、どこか楽しげな声がそれを遮った...

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