第1章
血の誓いが交わされた婚礼の夜。林原家の屋敷に集った賓客たちは、皆一様に私の〝汚点〟について囁き合っていた。
「洋佑もよくまあ、あんな女を抱く気になれるものだ。なんと情が深いことか」
「穢された女を受け入れるとは、寛大にも程がある」
純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、隠そうともしないその嘲笑を浴びながら、心臓をナイフで抉られるような痛みに耐えていた。
けれど洋佑は、家紋の刻まれた黒曜石の指輪を私の薬指に嵌めると、厳かに宣誓したのだ。
「生涯、俺が妻として愛するのはユリカだけだ」
しかし、結婚後の洋佑は家に寄り付かなくなり、私は使用人たちの前で顔を上げることもできなくなった。
これは当然の報いなのだ――そう自分に言い聞かせる日々。不眠症は悪化し、毎晩冷え切った広いベッドで寝返りを打つことしかできない。
きっと彼には、不完全な私を受け入れるための時間が必要なのだ。そう信じようとした。
深夜二時。私は薬酒を取るために地下のワインセラーへと降りた。グラスに注ぎ終えたその時、階段から足音が響いてくる。
「おっ、ここのセラーにはいい宝が眠ってそうじゃねえか」
聞き覚えのある、そして恐怖を呼び覚ます声に心臓が跳ねた。私は反射的にグラスを抱え、オーク樽の陰へと身を潜める。
「おい佐藤、そっちは触るな。それはユリカのための薬酒だ」
洋佑の声だ。
私は手元の赤ワインを見つめた。
これは私の不眠を知った洋佑が、小崎医師の助言を受けて用意してくれた特製品だ。
彼はまだ、私を気遣ってくれている。それだけで十分だった。
安堵してワインを口に運ぼうとしたその時、別の男の下卑た笑い声が聞こえた。
「で、どれにするよ? 俺たちの『傑作』から半年を祝うヴィンテージは」
傑作? なんのこと?
手が凍りついたように動かなくなり、私はグラスの縁を強く握りしめた。
「しっかし洋佑、あの晩のお前の嫁、あのふしだらな姿は最高にイカしてたぜ」
佐藤と呼ばれた男が下品に笑う。
「泣いて許しを乞うくせに、下の口は蛇口みたいに濡らしてやがった。挿れる前からビショ濡れだ。ありゃ生まれついての淫乱だな」
嘘……この声……どうしてこんなに耳に残っているの?
グラスを持つ手が激しく震え、赤ワインが波打つ。
「俺がドレスを引き裂いた時の、あのはち切れそうなデカい乳。柔らかくて張りがあってよ」
別の男が卑猥な声を上げる。
「死ぬほど怯えてたくせに、あの身のよじり方は誘ってるとしか思えなかったね。危うくあの顔にぶっかけてやるところだった」
やめて……洋佑、早く彼らを黙らせて……。
心の中で必死に叫ぶが、声にならない。
「俺たちが代わる代わる犯してる間、必死に純潔ぶってやがったがな」
三人目の男が会話に加わる。
「後半はもう隠せてなかったぜ。娼婦より淫らな声で鳴きやがって。思い出しただけで勃ってきやがる」
その時、洋佑の声が響いた。そこには深い嫌悪が満ちていた。
「気色悪い話をするな。あの爛れた女が今も家にいると思うだけで、反吐が出そうなんだよ」
え……?
彼も……そんなふうに私を見ていたの?
膝の力が抜け、オーク樽にすがりつくことで辛うじて体を支える。
「だが、映像の出来は確かに悪くなかった」
佐藤が言う。
「あの特等席からのアングル――絶頂と絶望の泣き顔が重なる瞬間、あれはまるで怯えたウサギだ。芸術品だよ」
私はその場に崩れ落ちた。世界が回転する。フラッシュ、嘲笑、引き裂かれる痛み。あの地獄の光景がフラッシュバックする。彼らは裏で、これほどまでに私を辱めていたなんて。
「洋佑、『英雄気取り』の演技もアカデミー賞モンだったぜ」
佐藤が感心したように言う。
「タイミングが神がかってたな」
「演出は完璧にしねえとな」
洋佑が得意げに答える。
「一分早ければ茶番だとバレるし、一分遅けりゃお前らに玩具として壊されてただろうからな」
「『もう大丈夫だ、俺が来た』だっけ?」
佐藤が当時の口調を真似る。
「あの表情、俺ですら信じかけたぜ。あの馬鹿な女なら尚更だろうよ」
あの言葉は、暗闇の中で唯一の光だった。
けれど、すべては仕組まれたシナリオだったのだ。何も知らなかったのは私だけ。馬鹿みたいに、真実の愛に出会えたのだと信じ込んで。
指からグラスが滑り落ち、赤ワインが白いネグリジェに飛び散った。あの夜の血痕のように。
「あそこまで評判を落とさなきゃ、あの女が諦めて俺に嫁ぐわけがないだろう?」
洋佑が冷笑する。
「親父が死ぬ間際に『血の盟約』なんてものを持ち出して、早川家のあのお飾り人形を娶れと脅しやがったんだ。そうしなきゃ完全な継承権は渡さないとな。すべてを万全にする必要があった」
私は左手の指輪を見下ろした。すべての愛情は……権力を手に入れるための手段? 結婚式の誓いさえも、ただの虚言。
「今頃、お前に涙して感謝してるんだろうな?」
「当然だ。だから美保子をこの家に住まわせても、あいつは何も言えない。教母様には清廉潔白でいてもらわないとな」
「なあ洋佑」
佐藤が粘つくような声で尋ねる。
「新婚初夜はどうだった? やっぱり俺たちが言った通りだったか?」
「根っからの淫乱だったろ?」
別の男が興奮気味に続く。
「俺たちに開発された女だ、男の喜ばせ方はよく分かってるはずだぜ」
「自分から求めてきたか? それともあの夜みたいに清純ぶってたか?」
私は息を殺して、洋佑の答えを待った。
「抱くわけがないだろう」
洋佑の声は、汚物を見るような響きだった。
「顔も見たくない。あいつからはお前らの臭いがするんだよ。悪臭が染みついてて虫酸が走る」
心臓が、物理的に引き裂かれたような音がした。
「じゃあどうやって夫婦ごっこを続けてるんだ?」
佐藤が不思議がる。
「怪しまれないのか?」
「演技だよ」
洋佑が鼻で笑う。
「たまに抱きしめてやって、受け入れているフリをしてやるんだ。実際には、街の売春婦を抱くほうがマシだ。あんな使い古しの破瓜(はか)モノに触れるなんて御免だね」
「あいつ、まだ愛されてると思ってるのか。結婚式の誓いなんて、世のカップルの模範解答みたいだったのにな」
男たちが爆笑する。
「そう思わせておけばコントロールしやすい。あの雌犬が俺に心酔し、跪いたまま二度と立ち上がれないようにしてやる。徹底的に調教された女ほど従順なものはないからな」
その極限の屈辱の中で、私の中で何かが完全に死に絶えた。
と同時に、恐ろしいほどの冷徹さが心の中に凝縮されていくのを感じた。それはもはや恐怖や絶望ではなく、身の毛もよだつような覚醒だった。
「半年もよく我慢したもんだ。で、継承手続きはいつ終わるんだ?」
「その時はまたウェディングドレスを着せて、完全版の映画でも撮るか」
地下室に下劣な哄笑が轟く。
「港の契約さえ結べば、あいつはもう用済みだ。あとはどう遊ぼうが好きにしろ」
「よし、今夜はこのボトルを開けるか。行くぞ、もっといい『獲物』のところへ連れて行ってやる」
最初から最後まで、私は彼らにとってただの玩具だった……。私の苦痛さえも彼らの酒の肴で……私の自責の念さえ、彼らの目論見通りだったなんて。
笑い声が遠ざかっていく。
私はゆっくりと立ち上がった。床に散らばった赤いワイン、その冷たい液体を踏みしめて。
私はスマートフォンの画面をタップし、一族の顧問弁護士の番号を呼び出した。
声は、自分でも驚くほど平坦だった。
「早川ユリカです。血の盟約条項の執行手続きを開始してください」
一呼吸置いて、私は告げた。
「それから、離婚届の準備を。今すぐに」
