第5章

大阪に戻った日、空は雨模様だった。

飛行機が関西国際空港に着陸し、舷窓から霞む大阪湾が見える。七年だ。大阪の雨がどんな匂いだったか、もう少しで忘れるところだった。

父が寄越した運転手が迎えに来ていた。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

私は軽く頷き、何も言わなかった。

車は長い時間を走った。ワイパーが左右に揺れ、窓の外の街並みが滲んで一塊になる。大阪を離れた日のことを思い出した。あの日も、こんな雨だった。

あの時、私は二十二歳だった。スーツケースを提げ、父に告げた。「お父さん、私、東京に行く」

「鈴木家のあの小僧のためか?」

「景野のためよ」私は訂正した。「彼を愛して...

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