第3章

「何を言っているのですか」

私は努めて声を平静に保つ。

「意味が分かりません」

龍二は鼻で笑った。

「まだ芝居を続けるのか? 千鶴、いつからそんなに演技が下手になったんだ?」

彼の指が私の唇の珠をそっと撫でる。そこには先ほど彼に噛まれた痛みがまだ残っていた。

「龍二さんの先ほどの行為だけでも、警察を呼んで然るべきですわ!」

私は力任せに彼を突き放し、乱れた服を整えながら、侮辱されたことへの怒りを顔に浮かべた。

私に押されて一歩後ずさった龍二の瞳に、一瞬傷ついたような色が過る。

私は冷たく彼を見据えた。

「私たちが知り合いだとおっしゃるのなら、教えていただけますか。以前は、どういうご関係だったのかを」

「千鶴……」

「恋人、でしたの?」

彼の言葉を遮る。

「いいえ、違いますわ。もし恋人だったのなら、父が知らないはずがありません」

私はわざと間を置き、嘲りの色を濃くした。

「まさか私たち……ただのセフレだったとか?」

龍二の顔色が瞬く間に曇り、その手は固く拳を握りしめていた。

私はさらに火に油を注ぐ。

「この私が、神崎家の令嬢である私が、わざわざ格を落として、そんな名分もないことをするなんて?」

「それに……」

私は彼を上から下まで値踏みするように眺め

「あなたの魅力も、まあ、普通といったところですわね」

「神崎千鶴!」

龍二が私のフルネームを怒りに満ちた声で叫び、こめかみに青筋が浮かび上がる。

私は瞬きをし、無垢を装って彼を見つめた。

「龍二さん、何をそんなに興奮なさって? もし本当に知り合いだったのなら、私の性格をもっとよくご存知のはずですわ」

「セフレ、でしたか」

私は冷笑を浮かべてその言葉を繰り返す。

「龍二さんは、そういう遊びがお好みでしたのね」

その瞬間、彼の瞳に浮かんだ苦痛をはっきりと見た。

だが、それがどうしたというのだろうか。

かつて彼が「金糸雀として飼ってやる」とこともなげに言った時、私の気持ちを考えたことがあっただろうか。

龍二は深く息を吸い込み、どうにか怒りを抑えようとしていた。手の甲には青筋がくっきりと浮かんでいる。

「千鶴」

彼の声が優しくなる。

「意地を張るのはやめろ」

その不意の優しさに、私の心の防壁は打ち破られそうになった。

五年だ。この五年間、彼がこんな口調で私に話しかけることは滅多になかった。

「お前が彼女になりたいなんて要望があるとは、今まで知らなかった」

龍二は一歩近づく。

「彼女という名分が欲しいなら、くれてやる」

私の心臓が、どくんと大きく跳ねた。

彼女?

この五年、とっくにそうだと思っていた。

まさか彼の目には、私は彼女ですらなかったなんて。

「この一ヶ月……お前に会いたかった」

龍二の声は少し掠れている。

「もう意地を張るのはやめろ。戻ってこい」

戻ってこい?

私は内心で冷笑した。

その口調は相変わらずどこか上から目線で、まるで彼が私に彼女という地位を恵んでやるのだから、有り難く彼の元へ戻るべきだ、とでも言いたげだった。

だが、問題は彼女という名分ではなかった。

問題は、この関係において、私が常に卑屈で、いてもいなくてもよくて、いつでも捨てられる存在だったということ。

そして彼が、常に命令を下し、高みに立ち、すべてを掌握する存在だったということ。

「申し訳ありません、龍二さん」

私はドアノブを握る。

「私には、あなたがおっしゃっていることの記憶が本当にないのです」

「それに、私には今、婚約者がおりますので。これ以上、その……セフレなどというものを探しに行くわけにはいきません」

龍二の顔が完全に黒く染まった。

私はもう彼を見ず、ドアノブを固く握りしめる。

「龍二さん、これきりで終わりにしていただけますよう。今後お会いすることがあっても、他人として接するのがよろしいかと」

私は背を向けドアを押し開けると、足早に個室を出た。

龍二は追ってこなかった。

背後で個室のドアが重々しく閉まり、廊下は私の速い心音だけが響くほどに静まり返った。

遠くまで来て、ようやく私は足を止めることができた。

顔から平静の仮面が剥がれ落ち、巨大な痛みが潮のように押し寄せてくる。

五年の想いが、こうして終わったのだ。

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