第5章

美術大学の廊下は、午後四時だというのに不気味なほど静まり返っていた。ほとんどの生徒はもう帰宅してしまったのだろう。私はアパートに帰りたくなくて、わざとゆっくりと画材を片付けた。

昨日のカフェでの一件以来、私は千堂早遊からの電話もメッセージも、まるで疫病のように避けていた。

「婚約」という言葉が、棘のように心に突き刺さっている。榎本未祐の勝ち誇ったような表情と、彼女の指で輝いていたあの忌々しいダイヤモンドの指輪を思い出すたび、自分が世界一の馬鹿だったように思えてくる。

テレパシーで繋がりですって?ロマンチックな運命?現実を見ろって話だ。私は学費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちしてい...

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