第4章

瞬く間に、古川家で起きた一切は外へ漏れた。

各ニュースプラットフォームは大炎上。

「え、古川家のお嬢さんが人前で服を脱いだって?」

「宴会場に蛇とか無理! しかもスカートの中って……!」

「古川家、これは面白くなってきた」

……

そのころ。

二階の寝室で、古川朱那はラウンジチェアに身を沈め、いちばん好きなスイカジュースをちびちび飲んでいた。

扉の向こうから断片的に届く騒ぎは、まるで世界の終わりだ。

朱那は気だるげにスマホを取り出す。案の定、ニュースがずらりと並んでいる。

どれを開いても、周防天華の必死で歪んだアップが踊っていた。

――最高。

朱那は噴き出しそうになり、唇の端を押さえた。

前の人生の自分は、もっと悲惨だった。

部屋中が蛇だらけ。黒光りする胴体がうねり、ちろちろと舌を出しながら、幽霊みたいにじわじわ迫ってくる。

脚に絡みつくもの、腕に噛みつくもの、泥鰌みたいに服の内側へ潜り込むもの……。

思い出すだけで背筋が粟立つ。

だからこそ、今度は元凶に味わわせる番だ。

外の喧騒は三十分以上続いて、ようやく静まった。

誰も彼女の存在を忘れたみたいに、別荘は死んだように静かになる。

朱那はその静けさを満喫し、午後いっぱい眠った。

――夜に「本番」が来るのを知っていたから。

そして夜。予想どおり、連中は戻ってきた。

古川礼和が自ら二階へ上がり、朱那の扉を蹴り開ける。

朱那が状況を飲み込むより早く、食らいつくような殺気が部屋を満たした。

「古川朱那……どこまで悪毒なんだ!」

礼和の目は冷えきっていて、毒蛇よりも冷たい。

以前なら、朱那は震えて頭を下げていた。

だが今は、コップを持った手先ひとつ揺れないまま、椅子に座っている。

「どうしたの、兄貴。私が、何かした?」

薄く笑い、嘲るように見返した。

礼和はその無関心に逆上したのか、ずかずかと近づき、朱那の腕を掴む。

「話がある。下で、みんなの前で説明しろ!」

指が食い込み、手首がじんと痺れる。

乱暴に引かれて、朱那はよろめき、転びそうになる。けれど礼和は振り返りもしない。冷たい横顔だけが残る。

――もう気にしないと決めたはずなのに。

かつて大切だった人に傷つけられる痛みは、やっぱり鋭い。

朱那は歯を食いしばり、勢いよく腕を振り払った。

「自分で歩ける!」

冷たい声が、急に静まり返った部屋にくっきり響く。

礼和が一瞬だけ呆けた顔をしたが、朱那は構わず階段を降りた。

リビングでは周防天華がソファに座って泣いていた。肩が小刻みに震えている。

「礼希兄さん、礼人兄さん……私、どうしたらいいの……」

「外、全部、私のこと笑ってる……なんであんなにひどいの……もう顔出せない……」

古川礼希と古川礼人が左右に寄り添い、声を柔らかくする。

大の男が二人とも、まるで自分が代わりに痛みを背負うと言わんばかりの目をしていた。

礼希が囁く。

「大丈夫、怖がるな。もうメディアには全部連絡した。すぐ消える」

礼人も頷く。

「そうだ。古川家を本気で敵に回せるほど、あいつらも馬鹿じゃない」

その言葉に、朱那は思わず冷笑しそうになった。

前の人生で自分が晒されたときは、道徳の高みから罵り倒してきたくせに。

相手が違うだけで、ここまで露骨に扱いが変わる。

……滑稽だ。

「お姉ちゃん、何を笑ってるの?」

天華が振り向き、朱那と目が合った瞬間、瞳の奥がひやりと光る。

次の瞬間、天華は泣き声をさらに大きくして、朱那の前に飛び出し、床に膝をついた。

「お姉ちゃん……私が可愛がられてるのが嫌なんでしょ。分かってる」

「でも私、わざとじゃない……殴っても罵っても、追い出してもいい……だけど、蛇で噛ませて、みんなの前で恥をかかせるなんて……どうして……!」

涙混じりの言葉が、鋭い針みたいに刺さる。

まるで朱那が取り返しのつかない大罪でも犯したかのように。

朱那は可笑しくて仕方がなかった。

生まれ変わっても、この芝居は相変わらず通用する。

泣いて、騒いで、跪けば、古川家の愚か者たちは必ず食いつく。

案の定、礼和が朱那を押しのける。

「悪毒だ! 天華がここまでしてるのに、何も感じないのか!」

礼希も冷えた声で叱る。

「おまえはどうしてそんなことができる? 天華は妹だぞ」

礼人は机を叩いて立ち上がった。

「跪くのはおまえだ! 天華に謝れ。さもなきゃ今日は終わらない!」

その瞬間、朱那は天華の目尻に走った一瞬の嘲笑を見た。

あまりに露骨で、笑うしかないほど。

朱那の胸の奥が、すうっと冷えた。

けれど、ここで正面から争わない。

――朱那は爪を立てて手のひらを強く掻き、無理やり涙を滲ませた。

そして嗚咽混じりに言う。

「……何を言ってるの? 私、何が起きたのかも知らないのに……勝手に決めつけて……」

「納得できない……!」

瞬きをひとつ。唇を歪める。鼻先を赤くする。

それだけで、痛々しいほどの委屈が形になった。

三人は言葉に詰まる。

礼和が怒鳴った。

「白々しいこと言うな! 蛇を放ったのがおまえだってことくらい、調べれば――」

「違う!」

朱那の声が跳ね上がる。

「私、あの蛇室に閉じ込められて……怖くて気絶したのよ? そんな私が、また近づくと思う?」

「命が惜しくないの?」

涙が頬を伝い、壊れそうな脆さを纏う。

礼和の顔色が変わり、言葉が喉で止まった。

礼希が眉を寄せる。

「じゃあ誰だ。この家で天華と揉めてるのはおまえだけだ」

朱那は涙を拭い、震える声を作る。

「礼希兄さんが天華を大事にしてるの、分かってる……私、もう争わない」

「信じないなら誓う。嘘なら――外に出た瞬間、車に轢かれて死んでもいい」

「おまえ……」

礼希は言いかけて、朱那の涙がさらに溢れるのを見て、なぜか言葉を飲み込んだ。

リビングに沈黙が落ちる。残ったのは、朱那のすすり泣きだけ。

その様子を見て、天華の目に怨毒が満ちた。

(クズ……泣けば誤魔化せると思うな)

天華はすぐ泣き叫ぶ。

「お姉ちゃんがそんなに私を許せないなら、私、ぶつかって死ぬ……!」

そう言って壁へ突っ込もうとする天華を、朱那は一歩で塞いだ。

「真相が欲しいなら通報すれば?」

朱那は冷たく言い捨てる。

「故意の傷害なら、それなりに牢屋で過ごせるよ」

礼和が天華を奪い取るように抱き、朱那を睨みつけた。

「何を馬鹿なことを。家の問題だ、警察なんて呼ぶな!」

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