第3章
特別病棟の個室で、陽太の顔色は昨日よりもさらに青白く、写真の中の彼は、帽子の下から化学療法で抜け落ちた頭皮を覗かせていた。
その手には青い水性ペンが握られていたが、もはや和紙に一言半句を書きつける力も残っていなかった。
綾子は彼のベッドの傍らに座り、その手をそっと握る。少しでも力を込めれば彼を痛がらせてしまいそうで、恐る恐るだった。
隣のベッドの小さな患者が、昨夜、突然亡くなった。彼は陽太より一つ年下で、同じく血液系の病気だった。昨日の夕方、陽太は彼にフルーツキャンディーをいくつか分けてあげた。その子は口を大きく開けて笑いながら受け取ってくれたのだ。
医療スタッフが静かにその小さな患者を白い布で覆い、病室から運び出していく時、陽太が不意に顔を上げて尋ねた。
「あの子、眠っちゃったの?」
綾子は喉が詰まり、かろうじて答える。
「うん、あの子は眠ってるのよ」
陽太はぱちぱちと瞬きをし、運び出されていく小さな影を目で追いながら言った。
「もう、目が覚めることはないんだよね?」
綾子は彼の視線を避け、堪えきれずに涙が滑り落ちた。
彼女は手を伸ばし、ベッドの脇に掛かっていた風鈴を強く握りしめる。それは澄んだ音を立て、まるで口にできない真実を彼女の代わりに答えているかのようだった。
「綾子お姉ちゃん、泣かないで」
ドアの向こうから、澄んだ少女の声がした。石原凛音がドアを開けて入ってくる。十七歳の彼女はボランティアの徽章をつけ、手にはポータブルDVDプレイヤーと仮面ライダーのディスクを持っていた。彼女は病院の常連で、先天性の血友病のため頻繁に入院を余儀なくされているが、家族が見舞いに来ることは滅多にない。
「凛音ちゃん、今日は治療はないの?」
綾子は涙を拭って尋ねた。
「今日は調子がいいの」
彼女は微笑んで陽太のベッドのそばへ歩み寄る。
「陽太くん、最新話の仮面ライダー持ってきたよ。一緒に観よっか?」
陽太は弱々しく頷き、その瞳に一筋の光が宿った。凛音はプレイヤーをベッドサイドのテーブルに置き、ディスクを挿入し、陽太が楽な姿勢で観られるように角度を調整する。特撮ヒーローの変身シーンは、陽太にしばし病の痛みを忘れさせた。彼はスクリーンに集中し、時折、弱々しく仮面ライダーの手の動きを真似たりもした。
凛音は再生の合間に、そっと綾子に慰めるような視線を送り、小声で言った。
「頑張って」
そのささやかな励ましが、綾子の心を温かくした。
夜、陽太の容態が急変した。鼻血を出し始め、その量はこれまでになく多く、真っ赤な血液があっという間にガーゼを浸していく。彼の鯉のぼりのお守りが、力の抜けた手から滑り落ちた。綾子は慌ててナースコールを押す。
医療スタッフが駆け込んでくる直前、陽太はか細い声で綾子に言った。
「陽太、ちょっとだけ眠りたいだけだよ。鼻血は拭けばなくなるから、ママに全然迷惑かけないから」
その言葉は、刃のように綾子の心を突き刺した。
彼女は彼を抱きしめ、その小さな身体の微かな心音を感じていた。医師に引き離される、その時まで。
緊急処置の後、医師は綾子を廊下に呼び出し、険しい表情で告げた。
「綾子さん、あまり時間がありません。骨髄移植手術を行うのであれば、可及的速やかに」
綾子は頷き、病室の外の廊下の長椅子に腰を下ろした。彼女はすでに、自分の骨髄が適合し、保険で費用の大半が賄えると陽太に嘘をついていた。だが実際には、移植手術の自己負担分だけでも最低三百万円は必要だった。持っていた漫画の原稿をすべて売り払ったが、百万にも満たない額しか集まらなかった。
綾子は闇金から借りることも考えたが、高額な利息と取り立てのリスクを前に躊躇していた。
二日後、凛音が陽太の病室へやってきた。その表情はいつもよりずっと真剣だった。彼女は綾子の隣に座り、静かに告げる。
「綾子お姉ちゃん、私、力になりたい」
「どういうこと?」
綾子は訝しげに彼女を見た。
凛音は深く息を吸い込んだ。
「私のお父さん、信託基金会社の役員なの。慈善基金を運営していて、血液疾患の患者を専門に支援してる。もう、陽太くんの申請書を提出したわ」
綾子は驚いて凛音を見る。
「それって……すごく嬉しいけど、同意してくれるかしら?」
「同意させなきゃ」
凛音の眼差しは揺るぎなかった。
「もし陽太くんを助けないなら、お父さんが長年私の治療を疎かにしてきた事実を公にすると伝えたの。彼の会社のイメージに、大きな影響が出るはずだから」
翌日、スーツ姿の壮年の男性が病室の入り口に現れた。綾子が凛音の父親に会うのは、これが初めてだった。
彼の態度は冷ややかで、ただ事務的に医師から陽太の状況を聞き取ると、綾子に一枚の小切手を差し出した。
「基金からの助成金です。手術費用を賄うには十分でしょう」
彼はあくまで仕事として言った。
「凛音が、どうしてもと聞き入れなかったので」
凛音は傍らに立ち、静かに父を見つめて言った。
「ありがとう、お父さん」
石原氏は頷くと、それ以上何も言わずに立ち去った。
その後、凛音が綾子に説明した。
「お父さんはずっと、私の病気を一家の恥だと思ってて、滅多に会いに来なかった。でも、スキャンダルを恐れてる。自分のキャリアに傷がつくことはもっとね」
綾子は凛音の手を握った。
「凛音ちゃん、ありがとう。なんてお礼を言ったらいいか……」
「お礼なんていらない」
凛音は微笑んだ。
「陽太くんは、私が見た中で一番勇敢な子よ。このチャンスを得る価値がある」
その夜、綾子は陽太のベッドの傍らに座り、彼の穏やかな寝顔を見つめながら、心に希望の火を灯していた。
彼女は身を屈め、陽太の額に口づけを落とす。
陽太、もうすぐ良くなるからね。そしたら一緒に東京に帰ろう。お父さんとお兄ちゃんのところに、帰るのよ。
「ちくしょう! 信じられるか、一文字たりとも信じられるもんか!」
悠介は歯を食いしばり、目尻を赤く染めていた。彼は焦るようにノートの最後の数ページをめくる。その指先は、震えていた。
