重い病の長男を置いて、私は次男と家を出た

重い病の長男を置いて、私は次男と家を出た

渡り雨 · 完結 · 19.5k 文字

790
トレンド
1.3k
閲覧数
240
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

長男が重い病に侵されていると診断された直後、夫は交通事故に遭った。絶望の淵で、綾子は健康な次男・陽太だけを連れ、二人を置いて家を出た。

それから、五年。

病を克服した長男は若き天才として大学を卒業し、夫もまた奇跡的に再起を果たし、ビジネス界の新星として脚光を浴びていた。

そんな彼らのもとに、ある日、一つの風鈴の箱と一冊の日記が届けられる。

日記の最初のページには、幼い子供の筆跡でこう書かれていた。

「ふうりんがごひゃっかいなったら、ようたはたいいんして、パパと、おにいちゃんと、いっしょにいれる!」

そして、最後の一ページ。そこには、綾子の清らかな筆跡が残されていた。

「さようなら。私は、陽太のそばに行ってきます」

チャプター 1

「森川君、奥さんは今夜いらっしゃらないのかね?」

 東京テクノロジー・イノベーション賞の授賞パーティで、あるビジネスパートナーがシャンパンを片手に森川隆人に問いかけた。

 森川隆人の表情が微かにこわばったが、すぐに自然なものへと戻った。

「家の用事で、来られなくてね」

 彼は短く答えた。

 別の来賓がにこやかに口を挟む。

「悠介君、十三歳でT大に合格した天才少年として、君のお母さんも今日の君の栄誉を誇りに思っているだろうね」

 傍らに立っていた森川悠介は、無表情に視線を逸らし、冷ややかに言った。

「少し失礼します。外の空気を吸ってきますので」

「私も付き合おう」

 森川隆人はすぐさまそう応じ、周囲の人々に頷いてみせた。

「皆様、どうぞお続けください。我々はすぐに戻ります」

 初冬の夜風が寒気を孕んで吹き付ける。親子はパーティ会場の外に立ち、森川隆人はスーツのポケットから煙草を取り出して火をつけ、深く吸い込んだ。

 煙は冷たい空気の中で白い塊となり、ゆっくりと消えていく。

「森川さん?」

 不意に、知らない女の声が背後から聞こえた。

 森川隆人が振り返ると、そこには二十歳を少し過ぎたばかりの少女が、どこかためらいがちな眼差しで立っていた。

「何か用かね?」

 彼は冷淡な口調で尋ねた。

 少女は息を深く吸い込むと、リュックからガラスの風鈴が入った箱を取り出し、彼にそっと差し出した。

 風鈴の箱には一冊の日記が結びつけられており、その表紙には丁寧な字で『陽太の回復カウントダウン』と記されている。

 その筆跡は、彼が誰よりもよく知るものだった——妻である綾子の字だ。

 少女は目を赤くし、震える声で言った。

「私は石原凛音と申します。綾子さんから、これをあなた方にお渡しするよう頼まれました」

 森川隆人の手は微かに震えたが、すぐに平静を取り戻した。彼は口の端を吊り上げて冷笑を浮かべる。

「綾子の何の新しい芝居だ?目的を言ったらどうだ」

 森川悠介も風鈴の箱に気づき、たちまち表情を険しくした。彼は歯ぎしりし、声に憎しみを滲ませる。

「五年も失踪しておいて、まさかずっと福岡に隠れて戻ってこないとはな」

「あの、何か誤解をされているのではないかと。綾子さんと陽太君は……もう何年も前に亡くなっています」

「何だと?」

 森川隆人の表情が一瞬固まったが、すぐにまた無感動なものに戻った。

「なるほど、五年前に悲劇的な死を遂げていたというわけか。実に感動的な筋書きだ」

 彼は冷笑しながら周りを見渡し

「金銭的な補償でも望んでいるのか?」

 石原凛音は信じられないといった様子で目の前の親子を見つめ、怒りを込めて風鈴の箱を取り返そうと手を伸ばした。

「あなた方が必要としないのでしたら、もう結構です。これは彼女たちのお骨と一緒に、福岡にある一族のお墓に納めます」

「せっかく芝居を用意してくれたんだ。最後まで見ないのは、あまりに惜しいじゃないか」

 森川隆人は突如として風鈴の箱を掴み、中から一枚、綺麗に折り畳まれた和紙のノートを取り出した。

 彼はそれを開き、そこに書かれた幼い筆跡を読み始めた。

「今日、福岡市の病院に入院することになった。先生は僕が白血病だって言ってたけど、それが何なのかよくわからない。ママは治るのにすごく時間がかかるから、福岡に引っ越すんだって。パパと兄ちゃんは一緒には来られない。パパはお仕事があるし、兄ちゃんは学校があるから。

 ママがこの小さな風鈴を買ってくれて、風鈴が鳴るたびに、それはパパと兄ちゃんが僕を想ってくれている証拠なんだって教えてくれた。五百回鳴るのを待てば、おうちに帰れるんだって!

 僕は兄ちゃんが大好き。兄ちゃんは日本で一番頭がいい人なんだ!先生が、来年にはもうT大学に飛び級で入れるって言ってた。僕も大きくなったら、兄ちゃんみたいに賢くなりたいな」

 ノートの最後には一枚の写真が貼られていた。六歳の陽太が新幹線の車内で、仮面ライダーの決めポーズを取り、満面の笑みを浮かべている。

 森川隆人の手は微かに震えていたが、その眼差しは依然として冷たいままだった。

「実に感動的だな」

 彼は冷笑した。

「だが、陽太が白血病だった記憶はないが」

 石原凛音が口を開きかけたが、森川悠介がそれを遮った。

「次のを読め」

——

 陽太の白血病が発覚したのは、全くの偶然だった。

 しばらく鼻血が続く時期があり、綾子は彼を病院へ検査に連れて行った。

 医師は採血検査を指示したが、陽太は採血を怖がった。見かねた悠介は自分の腕をまくり、「兄ちゃんが一緒だ。先に兄ちゃんのから採って!」と彼を慰めた。

 その日の午後、医師は検査結果を手に彼らに告げた。陽太には大した問題はなく、ただの貧血なので栄養を補給すればいい、と。しかし、悠介の血液検査の結果に異常が見つかった——彼は白血病だと診断された。

 悠介には骨髄移植が必要で、費用は少なくとも四、五百万円はかかるという。

 綾子は目の前が真っ暗になり、膝から崩れ落ちそうになった。彼女は何度も医師に、何かの間違いではないか、悠介はあんなに健康なのに、と問い詰めた。

「綾子さん、血液検査の結果は明確です」

 医師はきっぱりと言った。

「悠介君はすぐに治療を開始する必要があります。骨髄移植が最善の選択ですが、費用が……」

「いくらかかっても構いません」

 綾子は断固として言った。

「アクセサリーも、家だって売ります。悠介は絶対に治します」

 一方、隆人は狂ったように親類友人に金を借りて回ったが、ことごとく断られた。彼はその帰り道に交通事故に遭い、右脚に重傷を負った。

 同じ日の夜、隆人が救急処置室に運ばれている時、悠介が言った。

「僕は治療を受けたくない。家の経済状況はわかってる。足手まといにはなりたくないんだ」

「だめ!」

 綾子は息子を強く抱きしめた。

「お母さんが何とかするから。どんなことをしてでも、あなたを治してみせる」

 それを聞いた陽太はわんわんと泣きじゃくり、兄の脚にしがみついて離さない。

「兄ちゃん、死んじゃやだ!陽太、アイスも新しいおもちゃも我慢するから、お金は全部兄ちゃんの治療に使って!」

 深夜、綾子は二人の子供を寝かしつけ、隆人が目を覚ますのを待っていたが、再び医師に呼び止められた。

「綾子さん、大変申し訳ありません。こちらで再確認したところ……」

 医師は俯いて書類をめくった。

「お子さんたちの検査結果が取り違えられていました。本当に白血病なのは、悠介君ではなく、陽太君の方です」

 綾子は目眩がして、壁に手をつかなければ倒れてしまうところだった。

 翌朝、綾子は陽太がいなくなっていることに気づいた。

 彼が残した書き置きには、こうあった。

「ママ、陽太は行きます。パパと兄ちゃんと、毎日幸せに暮らしてね」

 昨夜、彼は眠っていなかった。全てを聞いていたのだ。

 綾子は新幹線の駅員室で彼を見つけた。

 陽太は、治療費を兄ちゃんがT大学に行くために残したいと言った。

「兄ちゃんは天才だから」

 彼は真剣な顔で言った。

「来年にはもう大学に飛び級で入れるんだ。パパも脚を怪我しちゃったし、うちには僕を治すお金なんてそんなにないよ」

 綾子は陽太を抱きしめ、声もなく震えた。

 この六歳の子供は、どんな大人よりも物分かりが良かった。

「陽太」

 彼女は囁いた。

「じゃあ、一緒にどこかへ行こうか。お金と保険は、パパと兄ちゃんに残して」

「でも、ママ……」

「これは、かくれんぼゲームよ」

 彼女は彼の顔から涙を拭った。

「あなたの病気が治ったら、おうちに帰りましょうね?」

 陽太はこくりと頷いた。


 森川隆人は最後の一行を読み終えると、フンと鼻を鳴らした。

「妻が漫画編集者だと、こういう利点があるわけだ。いつでも感動的な物語をでっち上げられる」

最新チャプター

おすすめ 😍

社長、突然の三つ子ができました!

社長、突然の三つ子ができました!

262.6k 閲覧数 · 連載中 · キノコ屋
五年前、私は継姉に薬を盛られた。学費に迫られ、私は全てを飲み込んだ。彼の熱い息が耳元に触れ、荒い指先が腿を撫でるたび、震えるような快感が走った。

あの忌まわしい夜から逃げるように去った私だったが、ほどなくして三つ子を妊娠していることに気付く。

五年後、医療界の新星として戻ってきた私は、継母、継姉、実の父へ全ての仕返しを誓う。

その時、彼が現れた。三人の小さな自分そっくりの顔をじっと見つめながら、優しく「パパ」と呼ぶよう子供たちを誘う彼。

ふとシャツのボタンを外し、悪戯っぽく笑って言った――

「どうだい、あの夜の熱をもう一度味わってみないか?」
溺愛令嬢の正体は、まさかの霊能界トップ!?

溺愛令嬢の正体は、まさかの霊能界トップ!?

262.5k 閲覧数 · 連載中 · 朝霧祈
原口家に取り違えられた本物のお嬢様・原田麻友は、ようやく本家の原田家に戻された。
──が、彼女は社交界に背を向け、「配信者」として自由気ままに活動を始める。
江城市の上流社会はこぞって彼女の失敗を待ち構えていた。
だが、待てど暮らせど笑い話は聞こえてこない。
代わりに、次々と大物たちが彼女の配信に押しかけてくるのだった。
「マスター、俺の命を救ってくれ!」──某財閥の若社長
「マスター、厄介な女運を断ち切って!」──人気俳優
「マスター、研究所の風水を見てほしい!」──天才科学者
そして、ひときわ怪しい声が囁く。
「……まゆ、俺の嫁だろ? ギュってさせろ。」
視聴者たち:「なんであの人だけ扱いが違うの!?」
原田麻友:「……私も知りたいわ。」
余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった

47.1k 閲覧数 · 連載中 · 七海
結婚して5年、夫とは円満だと思っていた。
しかし、運命は残酷だ。

病院で「白血病」という絶望的な診断を受けたその日。
震える足で帰宅した私の目に飛び込んできたのは、夫の裏切りの証拠だった。

私たちの神聖な寝室。
そのベッドの上には、無惨に引き裂かれたレースの下着がわざとらしく残されていたのだ。

それは明らかに、夫の愛人からの宣戦布告。
「あなたはもういらない」と嘲笑うかのような、残酷なマウントだった。

命の期限を突きつけられた日に、愛まで失った私。
絶望の淵で、私はある決断を下す。
氷の君と太陽の私

氷の君と太陽の私

95.9k 閲覧数 · 完結 · 鍋部奈
裏切られ、後悔に溺れながら死んだ私は、恐れられ冷酷な婚約者が私を救おうと身を投げる姿を見た。

運命が私を引き戻した——薬を盛られた結婚初夜、彼の腕の中で生まれ変わったのだ。これは私の二度目のチャンス。

かつて逃げ出した男こそが私の運命。彼の狂おしい愛こそが、私の最強の武器。世界が恐れる男を受け入れ、彼の姫となろう。共に、私たちを破滅させた裏切り者どもを灰燼に帰すのだ。

しかし私の突然の献身は、彼に疑念を抱かせる。心を砕いてしまった男に愛を証明するには、どうすればいいのだろう……彼の最も暗い欲望が、私を永遠に縛り付けることだと知りながら。
不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる

263.2k 閲覧数 · 連載中 · 七海
人生最良の日になるはずだった、結婚式当日。
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。

しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。

吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。

けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。

「こんな汚らわしい男は捨ててやる」

私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
地獄の淵で誓った「死」の宣告――裏切り者たちへのレクイエム

地獄の淵で誓った「死」の宣告――裏切り者たちへのレクイエム

3.6k 閲覧数 · 連載中 · 南宮
夫は私を病院へ放り込み、愛人と笑い、娘を飢えさせた。
雪の中で凍え死にかけた私を救ったのは、復讐の代行者。
「選べ。彼らを許すか、地獄へ送るか」 私の答えは決まっている。
膝をついて泣き言を漏らす夫を見下ろしながら、私は冷たく微笑む。
罪を償う時間よ。地獄の火よりも熱い、復讐の始まりを教えるわ。
すべてを奪われた令嬢は、やり直しの人生で微笑む

すべてを奪われた令嬢は、やり直しの人生で微笑む

25.7k 閲覧数 · 連載中 · 夢物語
冷たい土の中、私はゆっくりと息絶えようとしていた。
視界を染めるのは絶望の闇。そして、耳元に届くのは――従妹・原田紀奈の、歪んだ嘲笑。

「お姉ちゃん、恨むなら自分の甘さを恨みなさい」

父の薬をすり替え、母を死に追いやり、兄の事故さえ仕組んだ。すべては、目の前で笑うこの女の仕業だった。
さらに突きつけられる、あまりにも残酷な真実。

「あなたの婚約者はね、あなたが身を削って得たお金で、私への婚約指輪を買ったのよ?」

――すべてを奪われ、絶望の中で命を落とした、はずだった。

しかし、次に目を覚ますと、そこは見覚えのある「19歳の誕生日パーティー」の会場。
前世と同じように、婚約者の七瀬崚介が私に無実の罪を着せ、謝罪を迫っている。

(……でも、もう私は、あの頃の愚かな人形じゃない)

奪われた人生も、向けられた悪意も、そのすべてを覚えている。
今度は、私が奪い返す番。
裏切り者たちに、地獄以上の絶望を――たっぷり利子を付けて、返してあげる。
監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る

監禁から1年、捨てられた令嬢は元婚約者の叔父を娶る

68.3k 閲覧数 · 連載中 · 鈴木楓花
監禁から1年。ようやく帰宅した今井心晴を待っていたのは、変わり果てた日常だった。
家族は心晴を探そうともせず、あろうことか姉の今井優奈のために盛大な誕生日パーティーを開いていた。
しかも、その横には心晴の元婚約者の姿が……二人は婚約していたのだ。
しかし、心晴はただの被害者ではなかった。
彼女は人知れず巨額の資産と強大なコネクションを築き上げていたのだ。
真実を知った心晴は、復讐の狼煙を上げる。
彼女が選んだ新たなパートナーは、なんと元婚約者の叔父だった。
「これからは私のことを『おばさん』と呼ぶのよ、優奈!」
婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した

62.2k 閲覧数 · 連載中 · やもり
裏切りと陰謀が渦巻く世界で、妃那(えな)は突然の誘拐事件に巻き込まれる。
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

364.4k 閲覧数 · 連載中 · 風見リン
前の人生で両親が交通事故で亡くなった後、長兄は世間体を気にして、事故を起こした運転手の娘を家に引き取った。
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。

生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。

兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
自己犠牲はもうおしまい。虐げられた養女の反撃

自己犠牲はもうおしまい。虐げられた養女の反撃

10.3k 閲覧数 · 連載中 · 神楽
丸十五年もの間、涼宮寧音の人生は、ただ一つの残酷な目的のためにあった。
――病弱な義妹のための「生きる血袋」として仕えること。

健康も、才能も、尊厳も、そのすべてを捧げて尽くしてきた。しかし、必死に媚びへつらい、 縋り付いてきた家族から彼女に返されたのは、冷酷な裏切りと追放だった。

彼女の最初の人生は、あまりにも惨めな悲劇で幕を閉じる。
底知れぬ悔恨のなか、彼女は高層ビルから身を投げたのだった。

――だが、運命は彼女に二度目のチャンスを与えた。

二十三歳の誕生日の朝、目を覚ました寧音は誓う。もう二度と、理不尽に耐え忍ぶだけの犠牲者にはならない、と。

彼女は、毒親と義妹が巣喰う涼宮家を毅然と離脱。彼らが決して奪うことのできない、自分だけの唯一無二の武器――非凡なる「デザインの才能」を手に、新たな世界へと飛び込む。

その圧倒的な輝きは、政財界に絶対的な権力を誇る最高経営責任者、伏見盛重の目を引いた。彼は同情という名の施しではなく、対等なビジネスパートナーとして、彼女に救いの手を差し伸べる。

いまや寧音は、ただ生き延びるために足掻く哀れな女ではない。

自らの人生を狂わせた「家族」を冷徹に、一歩ずつ破滅へと追い詰めながら、彼女は愛する実母の死の真相へと迫っていく。
過ちの恋~姉の元恋人との結婚

過ちの恋~姉の元恋人との結婚

4.3k 閲覧数 · 連載中 · 相葉悠衣
まる五年間、私は姉の身代わりにすぎなかった。

同じ床で枕を共にしながら、彼が口にするのはいつも姉の名前であって、私の名前ではなかった。彼の心の奥底で最も愛しているのは姉だった。姉が重い病に倒れ命が危うくなると、彼は躊躇うことなく、私を無理やり手術台に押し上げ、私の腎臓を摘出して姉を救った。

満身創痍で病床に横たわっていた私は、さらに魂を打ち砕くような残酷な真実を知らされた——この世にたった一人残された肉親である祖父もまた、間接的に彼の手によって命を落としていたのだ。その瞬間、私の心は完全に灰と化した。

彼は離婚協議書を私の前に投げつけ、これですべて終わりだと思っていた。しかし運命は、最後にもう一つ残酷な転折を用意していた。

私は、身ごもっていた。