第6章
葉山欣子が佐藤七海の手にあるものを見て、顔色を変えた。「気が狂ったの？早く薫を放しなさい！その硫酸は冗談じゃないわよ！」
「硫酸」という言葉を聞いて、佐藤薫は足がガクガクと震え、降参するしかなかった。「七海、先に放してよ。スマホのことなら、取ってくるから」
佐藤七海は葉山欣子を冷たい目で見つめながら言った。「あんたが取ってきな」
葉山欣子母娘が佐藤七海を車に乗せてパジャマに着替えさせた後、彼女の持ち物はボール状に丸められて車庫の隅に適当に放り投げられていた。
葉山欣子は急いでそれを持ってきて、懇願した。「ほら、ここにあるわ。何も触ってないから、早く薫を放して、お願い」
佐藤七海はまだ放さなかった。「そこに置け」
葉山欣子は何度も頷き、物を隣のソファに置いた。
佐藤七海は佐藤薫を放し、突き飛ばした。佐藤薫はよろめき、葉山欣子に受け止められた。
佐藤薫は怒鳴った。「このビッチ！硫酸をかけようとしたのか！」
そう言いながら、佐藤薫は殴りかかろうとし、葉山欣子も加わろうとした。
佐藤七海は身のこなしが訓練されていて、二人を軽々とかわし、手にあるものを振り上げるふりをした。それだけで母娘は数歩後ずさった。
「何をしているんだ？！」
厳しい男性の声が響いた。
佐藤薫はすぐに泣きじゃくりながら言った。「お父さん！やっと帰ってきた！佐藤七海が硫酸で私の顔を台無しにしようとしたんだ！懲らしめてよ！」
佐藤翔太は佐藤七海の手にあるものを見て、顔色を変え、怒鳴った。「佐藤七海、図に乗るんじゃないぞ。家に来て騒ぎを起こすとは！」
佐藤七海は淡々と言った。「私の物を取り返しただけだ。被害者ぶるのはやめろよ。昨日何をしたか、バラされたいのか？」
葉山欣子が薬を盛ったことは、佐藤翔太も黙認していたので、一時的に言葉に詰まった。
佐藤薫は激怒した。「あんたは硫酸で人を傷つけようとした！警察を呼ぶぞ！警官に捕まえてもらうからな！」
佐藤七海は相変わらず冷静な表情で言った。「いいよ、さっさと通報しろ。薬を盛った奴が無法にやりたい放題できるかどうか、見物だな」
葉山欣子は顔色を変えた。「何を言い出すの！誰があなたに薬を盛ったって！」
佐藤翔太は警察沙汰にはできなかった。ただでさえ会社が経済危機にあるのに、さらに悪い噂が立てば取り返しがつかない。彼は手を振って制した。「七海、もう高橋和也との件は後戻りできない。この期間に来月28日の結婚式の準備をしなさい」
佐藤七海は冷たく言った。「私が結婚に同意したか？」
佐藤翔太は眉をひそめた。「じゃあ、どうしたいんだ？こんなスキャンダルを起こしておいて、結婚しないなんて言えると思うのか？」
先ほど、高橋家から電話がかかってきていた。高橋裕也は怒り心頭で、一体どういうことなのか、どうして突然次女が現れて、それが高橋和也と密会していたのかと責め立てた。
今やあらゆるトレンドランキングを席巻している。高橋和也に注目する人は多く、この種のゴシップニュースの影響力は世界的トップスターの交際発表並みだった。
ニュースでは、高橋和也の顔がはっきり映っており、しかも上半身裸だった。佐藤家の次女の顔はモザイク処理されていたが、セクシーなパジャマ姿だけで十分注目を集めていた。
さらに、わざわざ興味を引くように告知していた 「高橋和也と密会していた佐藤家の次女さんの素顔が知りたい方は、明日のライブ配信をお見逃しなく。二人のホテルでの密会現場も…」
佐藤翔太は必死に謝罪し、この件については満足のいく答えを出すと約束して、やっと高橋裕也の怒りを鎮めることができた。
佐藤七海は冷笑した。「試してみろよ。そうしたら高橋家に嫁ぐのは死体になるぞ！」
葉山欣子は罵った。「佐藤七海、何を高慢なことを言ってるの！あなたを売女の娘から名門のお嬢様に変え、さらに名高い高橋家に嫁がせて裕福な生活を送らせようとしているのに、まだ足りないの？そうでなければ、あなたは一生あの貧しい場所から抜け出せないのよ！」
「お前の母親は売女だ！売女の娘が鳳凰になりたいって？笑わせるな！」佐藤薫は嘲笑した。
「売女」
この言葉は幼い頃から佐藤七海について回り、彼女が最も嫌う言葉だった。しかし、それは一生彼女に付きまとう運命だった。なぜなら、彼女の母親は「売女」だったから。
佐藤七海は無表情で言った。「裕福な生活なんて興味ないね。欲しいなら、お前の娘を嫁がせろよ。数日もしないうちに生き別れになるさ。いいじゃないか」
「佐藤七海！」佐藤薫は怒りで佐藤七海の口を引き裂きたいほどだった。
佐藤翔太は佐藤七海の手にあるボトルを見つめた。わずか数回の対面で、彼は佐藤七海の性格を理解した。彼女が同意しないことは、無理強いしても無駄だった。
佐藤七海は彼らをもう見ず、彼らが驚く目の前で、ボトルの中身を飲み干し、物を片付けて立ち去った。
なんと、ただの水だった！
佐藤薫は焦り、泣き出した。「お父さん、私たちをからかったんだよ！このまま行かせるの？お父さん！私は絶対に嫁がないからね。あの変態クズがどんな拷問をするか分からないよ！無理強いするなら、死んでやる！そうしたら、私の死体を高橋家に持っていけ！」
佐藤翔太はどうすればいいか分からなかった。佐藤七海が協力しなければ事は難しい。二人の娘が死をちらつかせて脅す。どこで覚えたんだ？！
葉山欣子は心配そうに佐藤薫を抱きしめた。「薫、安心して。絶対にあなたをあんな地獄に飛び込ませないわ。あんなスキャンダルが出た以上、たとえ私たちがどうにもできなくても、高橋家は絶対に黙ってないはず」
高橋家の話が出て、佐藤翔太はさらに心配になった。「もう泣くな！」
佐藤薫はさらに大声で泣いた。「お父さん、お母さん、助けて！私まだ若いのに、嫁いで生き別れになんてできないよ！いや、私のほうが先に死ぬかも！」
幼い頃から可愛がってきた娘だけに、佐藤翔太はまた泣き声に心を乱され、眉をひそめて言った。「もういい、薫、泣くな！さっきの七海の態度を見ただろう。強引なやり方は通用しない…」
「翔太！あなた今、あの私生児を心配し始めたの？この何年もこっそり生活費を渡してたのを知らないとでも思ってるの？」葉山欣子は佐藤翔太の言葉を遮った。「私は片目をつぶってきたけど、今回は娘の幸せのために絶対に譲らないわ！」
「あの女を高橋家に嫁がせるのよ、どんな手を使ってでも。青木グループを守り、娘の幸せも守るの！さもなければ離婚するわよ！」言い終わると、葉山欣子は佐藤薫を連れて部屋に戻った。
佐藤翔太はイライラしながらテーブルを蹴った。この連中は皆、性格が強すぎる。いっそ自分の命を差し出した方がましだ！
佐藤邸を出た佐藤七海は急いでスマホの電源を入れようとしたが、バッテリーが切れていた。彼女は急いで一番近いレストランに駆け込み、モバイルバッテリーを借りて充電した。
電源を入れると案の定、「兄」からの5、6件の不在着信があった。
佐藤七海は胸が温かくなり、すぐに折り返した。
しかし、誰も出なかった。佐藤七海は失望感に襲われた。
最後にLINEで兄の西村遠に返信した 「兄さん、大丈夫だよ。
それと、会いたい。」
この暗闇の中で温かい光をもたらしてくれる存在を、彼女は追いかけたいと思うと同時に、守りたいとも思っていた。
