第3章
離婚してからの四年間。
私はこの街で、まるで亡霊のように息を潜めて生きてきた。
彼は、私の存在を社会から完全に抹殺したのだ。
あらゆるコネクションを駆使し、私の名を『触れれば火傷をする』禁忌へと変えた。
大手法律事務所は門前払い、ブティックファームからは慇懃無礼に断られ、頼みの綱だった法テラスの職さえも唐突に奪われた。
それだけではない。弁護士バッジさえも剥奪されたのだ。
この薄ら寒いアパートで、最低賃金のバイトをして食いつなぐ以外、私には何も残されていなかった。
彼は私が壊れるのを待っていた。
そして今日、私はついに彼に信じ込ませることに成功した。私が、本当に壊れてしまったのだと。
「分かったわ。復縁しましょう」
私はそう告げた。
善明は、シミだらけのソファの傍らで目を輝かせた。
「やはり分かってくれたか、亜澄。君ならそう言うと信じていたよ」
「でも、条件があるの」私は伏し目がちに、悲痛な声を装った。
「時雄との関係を修復したい。あの子は私を憎んでいるわ、善明。もし本当に家族としてやり直すなら、息子に仇を見るような目で見られたくない」
善明は勝ち誇ったように笑った。
「そうだろうな。運動会でのあれはただの強がりだと思っていたよ。やはり時雄のことが大事なのだな」
彼は身を乗り出した。高価なコロンの香りが、瞬く間にこの狭苦しい空間を満たす。
「心配するな。屋敷に戻れば、時雄も聞き分けが良くなるさ。君が従順な母親らしい振る舞いを見せれば、すぐにまた『ママ』として慕うようになる」
彼は電話一本で、法的な効力を持つ『親権変更合意書』を取り寄せた。
署名を終えた、その時だ。
善明が動き、一瞬で距離を詰めてくると、大きな手で私の首根っこを掴んだ。
「お帰り、西原夫人」
彼は耳元で囁き、唇を塞いだ。
強引にねじ込まれる舌。侵略的で、飢えた獣のようだ。
私は必死に体を強張らせ、顎に擦れる彼の無精髭の感触に耐えた。
彼が勝ち取ったと思っている戦利品を、ただ差し出したのだ。
ようやく彼が離れた時、その瞳は欲情で濁っていた。
手が腰へと滑り落ち、安物のセーターの裾を親指で撫でる。
「祝いが必要だな。ここは酷く汚いが、こういう場所でしたことはない。案外、新鮮な興奮があるかもしれん」
私は喉元まで込み上げた酸っぱいものを飲み込み、低い声で告げた。
「善明、時間はこれからいくらでもあるわ」
「それより……私の弁護士資格よ。善明、ただの悪名高い廃人のままじゃ、あなたの妻は務まらない。あの資格を取り戻したいの」
彼は上機嫌に微笑み、私の頬を撫でた。
「案ずるな、そんなことは造作もない。一本電話を入れれば、明日の朝には元通りだ」
彼は立ち上がり、スーツの皺を直すと、すべてに満足しきった様子を見せた。
「金曜に迎えの車を寄越そう。君の好きなレストランで、復縁の祝いをしようじゃないか」
背後でドアが閉まった瞬間に、全ての偽装が崩れ落ちた。
私は狭いユニットバスへ駆け込み、タイル張りの床に膝を強打した。
便器に向かって激しくえずく。痙攣が止まらない。胃の中身をすべて吐き出し、胃液と涙だけになっても、嘔吐反射は続いた。
蛇口を捻り、顔を、首を、唇を――彼が触れたすべての箇所を、狂ったように擦り洗う。
やがて力が抜け、冷たいタイルの上に崩れ落ちる。目を閉じると、過去の闇が潮のように押し寄せてきた。
四年前。
最初の浮気が発覚した時のことだ。
私は子供を堕ろそうとした。
泣き叫び、こんな過ちだらけの家庭に子供など産めないと訴えた。
あの時、善明は乞うたのだ。
涙を流し、命に代えても償うと誓い、二度としないと言った。
私はその言葉に絆され、時雄を産んだ。
一時期、彼は確かに完璧だった。
時雄を溺愛し、私を気遣い、華やかなパーティーを開いては、愛していると真摯に囁いた。
母が亡くなった時も、善明は私の磐石だった。
葬儀を取り仕切り、悪夢にうなされる私を抱きしめ、悲嘆に暮れる妻を支える良き夫を完璧に演じきった。私は愚かにも、もう一度彼を愛してしまったのだ。
あの苦い記憶は、完全に消し去れると信じていた。
書斎で、あの賃貸借契約書を見つけるまでは。
それは、私たちの屋敷に隣接する別荘の契約書だった。
別荘の庭は、あろうことかベビールームの真向かいにあった。
震える足で確かめに行った。ただの投資物件だと言い聞かせながら。
だが、掃き出し窓から中を覗いた瞬間、視界に入ったのはあの秘書だった。
もう二度と会わないと誓ったはずの女が、そこに住んでいたのだ。
彼は愛人を隣家に囲っていた。
母の死を嘆く私を慰めるその裏で、彼は芝生を横切るだけで彼女のベッドへ潜り込んでいたのだ。
その瞬間、私の世界は完全に反転した。
その夜、私は逃げ出そうとした。
時雄を車に押し込み、吐き気のする現実から逃れようと必死だった。
だが、善明の警備チームが正門で立ち塞がった。
私は屋敷の中へ引きずり戻された。
善明は私の腕から泣き叫ぶ時雄を奪い取ると、あろうことか私の息子を――遥香に手渡したのだ。
「理不尽なのは君の方だ、亜澄」
善明は玄関の鍵をかけながら、恐ろしいほど冷徹な声で言った。
「なぜ分からない? 私のような階級の男が……たった一人の女で満足できるわけがないだろう。これは私の権利だ。これでも十分、君には良くしてやってきたつもりだが」
到底受け入れられなかった。何度も抵抗したが、その度に力でねじ伏せられた。果物ナイフを持ち出したことさえあった。
けれど。
無駄だった。
……
安アパートの浴室で、私は目を開けた。
蛇口からはまだ水が流れ続けている。
私は善明を憎んでいる。
だが何よりも憎いのは、彼が私一人を愛することはできないくせに、私からの愛は変わらず搾取しようとすることだ。
そんなの、あまりに不公平じゃないか。
