第5章

善明視点

 手首のパテック・フィリップは、七時四十五分を示していた。

 あと十五分。それが、俺が彼女に与えてやる最後の猶予だ。

 目の前のコーヒーはとっくに冷めきり、誰も手をつけない黒い泥のように澱んでいる。

 もう一度スマホに目をやる。

 連絡はない。

 店を出ると、寒風が頬を刺した。

 だが、気分は依然として軽やかで、寛大とさえ言えるほどだった。

 ポケットには指輪が忍ばせてある――新しいものだ。最初に渡したやつより、ずっと大きい。

 屋敷には専属シェフも手配済みだ。時雄には台本まで用意してある。母親を許すような振る舞いをさせれば、亜澄の最後に残った防衛線など容易く崩れ...

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