第26章

時枝とは対照的に、伊井瀬奈はこれ以上ないほど冷淡だった。

「足が何本も生えてるわけでもないのに、そんなに大騒ぎすること?」

時枝はうっとりとした表情を浮かべる。「イケメンもお金持ちも見たことあるけど、この二つの最高条件を兼ね備えてる人なんて、J市広しといえど、うちの社長が初めてだよ。国民の旦那様の称号は伊達じゃないんだから」

伊井瀬奈は皆と同じように視線を向ける。遠くのボックス席で、黒川颯が少し派手な身なりの、全身きらびやかな女性と座っていた。どうやら仕事の話をしているようだ。

朝は細かいところまで見ていなかったが、今改めて彼を観察する。仕立ての良いスーツに、深海の青を思わせるネクタ...

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