第293章

伊井瀬奈はちらりと前方に目をやった。一心不乱にボールを打ち合う二人は、まだ競り合っている。先ほどまで黒川耀司の視線から逃れる口実を探していたところだった。

今、黒川颯が現れたことで、なぜか少しだけ安堵している自分がいた。

「行きましょう。薬を塗るのに付き合いますから」

彼が意地を張って我慢しているとは言えず、彼女の方から口実を作ってあげた。

ちょうど、彼女も立ち去りたかったのだ。

黒川颯の瞳が輝き、すぐさま立ち上がった。

「瀬奈、行こう」

神谷竜也「……」

やはり奥様の一言は効果絶大だ。この世でうちの社長を制することができるのは、病魔と奥様だけだろう。

黒川颯と伊井瀬奈が並...

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