第189章 見事な釜底抽薪

黒崎家の人間やその界隈の者を除けば、世間一般にとって「黒崎利浩」という男は、名は知れど顔は知らぬ、雲の上の存在だった。

ドアを守っていたデザイン部の社員が、慌てて前に立ちはだかる。

「お客様、申し訳ありません。只今、社内会議中につき部外者の立ち入りはご遠慮いただいております。外でお待ちいただけますでしょうか」

しかし利浩は顔色一つ変えず、唇に張り付けた笑みを崩すこともない。社員の肩越しに視線を飛ばし、甘ったるい声を上げた。

「アンナ、おいで」

そのあまりに親密な態度、艶めかしい響き。

室内の空気は一瞬にして淀み、好奇と疑惑の視線が一斉にアンナへと集中した。

「なんだ?」

「さ...

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