第3章 暗影龍と主の契約

翌朝、エラが目を覚ますと、ベッドの傍らに見知らぬ男が立っていることに気づき、はっと息を呑んだ。

日に焼けた肌、長い睫毛の下には、一度見たら忘れられない、燃えるような竜の瞳があった。

男は長身で、エラが魔獣の化人用に用意していた黒い魔法ローブを窮屈そうに身に着けている。袖は彼の長い腕には明らかに短すぎた。

「……あなたは誰?」

エラは身構えながらそろりと体を起こし、その手は枕元に置いた魔法杖へと静かに伸びていた。

男はわずかに首を傾げ、真剣な眼差しで彼女をじっと見つめる。

「俺のことが分からないのか?」

エラは眉をひそめ、男の背後でちらつく黒い影のようなものに視線を落とした。それは、畳まれた翼のように見えた。

「あなたは……あの暗影龍?」

「そうだ。俺の名はノックス」

化人した暗影龍、ノックスはこともなげに言った。

「昨夜、十分な魔力を吸収して進化した」

エラは思わず魔法杖から手を離し、驚きを隠せずに彼をまじまじと見つめた。

前世では、暗影龍がこれほど早く人型に進化するなど、聞いたこともなかった。

「どうやってギルドに来たの?」

ノックスは窓辺へと歩み寄り、その赤い竜の瞳で遠くの山並みを眺めた。

「魔物の群れに追われ、絶体絶命のところで、あんたの師匠に出会った。彼が俺をここに連れてきて、『ここにお前にふさわしい主がいる』と言ったんだ」

「面倒なこと。その魔物たち、まさかギルドまで追ってきたりしないでしょうね?」

エラはベッドから降りると、ひとつ大きく伸びをした。

ノックスが振り返り、その竜の瞳にかすかな笑みを浮かべる。

「契約は成った。あんたが主で、俺が使い魔だ。俺があんたを守る。心配はいらない」

エラは頷くと、ノックスを連れて屋外の魔力泉へと向かった。

早朝の泉は、淡い光の粒子を放っている。エラが水系の魔法の修練を始めると、清らかな水流が彼女の指先に導かれ、生き物のように様々な形を描きながら渦巻いた。一方、ノックスは泉のほとりにある古木に腰を下ろし、静かに彼女を見守っている。

「あんたの魔力属性は水に偏っているな。俺の影属性とは、かなり相性がいい」

ノックスが不意に口を開いた。

「このまま修練を続ければ、あんたの上達は早いだろう」

エラはノックスの鋭敏さに驚きつつも、内心では彼の佇まいに感心していた。さすがは竜族の血を引くだけある。混血とはいえ、その立ち姿には非凡なものが感じられた。

彼女が再び修練に集中しかけた、その時だった。聞き慣れた声が、朝の静寂を打ち破った。

「エラ先輩!」

メリッサが小道から、まるで忍び込むようにして現れた。だが、その視線はエラではなく、まっすぐにノックスへと注がれていた。

エラが立ち上がると同時に、ノックスが木から軽やかに飛び降り、彼女の肩に魔法の披風をそっと掛けてやる。

そのさりげない仕草に、メリッサの瞳に嫉妬の炎がちらりと揺らめいた。

「これは……あなたの暗影龍? もう進化したの?」

メリッサはわざとらしく驚いてみせる。

「彼はノックスよ」

エラは淡々と訂正した。

「何か用?」

メリッサはずかずかとエラの手を取り、小屋の前まで引っ張っていくと、親しげなふりをして甘えた声を出す。

「先輩、お願いがあるんです。翡翠鳥を一緒に育てるのを手伝ってくれませんか? あの子が必要とする魔力を、私一人じゃとても供給しきれなくて……」

エラの傍らに立つノックスの赤い竜の瞳に、明らかな不満の色が浮かんだ。

メリッサはさらに不平を募らせる。

「先輩は暗影龍を選んで、翡翠鳥を私に押し付けたんですから、せめて面倒を見るくらいは手伝ってくれてもいいでしょう?」

エラは、氷のように冷ややかな視線でメリッサを見つめた。

十年経っても、この女の魔力は見習い級のままだった。最も基本的な使い魔の需要すら満たせないくせに、身の程もわきまえず高等な使い魔を欲しがる。

「お断りよ」

エラが魔法杖を一振りすると、風の魔法がメリッサを小屋の敷地外へと易々と押しやった。

「皆が愚か者だとでも思っているの? 私に翡翠鳥を育てさせて、後で自分のものにするつもりでしょうけど、私がそんな手で利用できる女だとでも思った?」

メリッサの顔色が見る間に険しくなる。エラは容赦なく続けた。

「自分で養えないのなら、さっさと契約を解除して、ギルドの管理者に翡翠鳥を預ければいいわ」

憤然と踵を返し去っていくメリッサの後ろ姿を、エラは冷笑とともに見送った。この後輩は、野心ばかりは大きいが、自分の器を全く理解していない。

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