第4章 暗影龍の嫉妬
月日は流れ、エラの魔力修練はノックスの献身的な付き添いの下、飛躍的な進歩を遂げ、いつしかマスター級と呼ばれる水準にまで達していた。
そんなある日のこと、会長がエラを自室に呼び出し、一つの特殊な任務を告げた。
「エラよ、わしはな、貴重な魔法道具二つと引き換えに、錬金ギルドから希少なサーベルタイガーの魔獣を一匹手に入れたのじゃ」
会長は自慢の髭を満足げに撫でながら言う。
「メルサ長老がそれをギルドまで護送してきてくださる。すまぬが、わしの代わりに受け取ってきてくれんか」
エラは内心驚いたが、表情には一切出さず、恭しく頷いてその任を引き受けた。
錬金ギルドのメルサ長老は、エラより五十歳は年上のはずだったが、サーベルタイガーを引き渡す際には、まるで子供のように名残惜しそうな素振りを見せた。
「これは得難い純血の魔獣ですのに、お宅のギルドに渡してしまうのは、本当に惜しいですわ」
メルサ長老はそう言って溜め息をついたが、その視線はずっとエラに注がれており、何かを品定めしているかのようだった。
「お宅の小竜は、随分と甘えん坊さんですこと」
別れ際、メルサ長老は意味深長な言葉を残すと、飛行魔法の絨毯に乗り、空の彼方へと消えていった。
エラはその言葉の意味を測りかねたが、ともかくサーベルタイガーの入った魔法の籠を抱え、暗影の谷への帰路についた。
遠くから、ノックスが道端の魔力樹に寄りかかっているのが見える。その燃えるような赤い竜の瞳には、明らかな不機嫌の色がきらめいていた。
「エラ、俺は日頃、お前に良くしてやっていないか?」
ノックスは竜の爪で彼女の肩を軽く掴むと、地を這うような低い声で言った。
「俺を、誰かに押し付けるつもりか?」
エラは訝しげに彼を見つめる。
「何を言っているの?」
「メリッサとかいう女が俺のところへ来て、『お前が俺の世話を頼んだ』と主張した」
ノックスは険しく目を細めた。
ふと、彼は鼻をひくつかせ、その竜の瞳でエラの手の中にある籠を鋭く睨みつけた。
「……他の魔獣の匂いがする」
彼の声は、殺気を帯びたものに変わっていた。
「そいつの魔核を喰らってしまえば、お前の魔獣は俺一人になる」
エラは手を上げ、魔力でノックスの額をこつんと軽く叩いた。
「馬鹿なこと言わないで。これは師匠のサーベルタイガーよ」
彼女は真剣な口調で続ける。
「私が二人目の魔獣を持つことなんて、あり得ないわ」
ノックスの表情は少し和らいだが、それでも不満げに籠を睨み続けている。エラがサーベルタイガーを会長のもとへ届け終えるまで、その厳しい視線が外されることはなかった。
エラは任務を終えると、彼の大きな手を引き、エリートメンバーの宿舎へと向かった。
「メリッサを見つけないと」
宿舎の管理人は、メリッサが翡翠鳥を連れて禁断の森の辺境へ向かったと彼らに告げた。エラは眉をきつく寄せ、ノックスの手を引く力を強め、歩を速めた。
禁断の森の辺境で、二人はメリッサと翡翠鳥が激しく口論しているところに遭遇した。
「魔力の結晶をくれるって約束したじゃないか!」
翡翠鳥が翼をばたつかせ、甲高い声を上げる。
「それなのに、あんな希少な魔法材料を探しに危険を冒せって言うのか!」
翡翠鳥は怒りに任せ、鋭い爪で地面を深く引っ掻いた。
「俺はまだ人型に進化できていないんだぞ! そんな危険な場所へ行かせるなんて!」
エラはわざと一つ咳払いをし、言い争っていた二人の注意を引いた。
そして、ノックスの腕にそっと寄りかかり、親密な素振りを見せる。
「メリッサ、どうして私の魔獣のところへ行ったの?」
「お前が本来は彼女のものになるはずだった魔獣を奪ったから、『俺に彼女と一緒に行こう』と言ってきた」
ノックスがエラの代わりに冷たく答えた。彼は侮蔑するように口の端を微かに吊り上げる。
「俺が威圧して、小屋から追い出してやったがな」
メリッサの顔色が一気に悪くなる。
「エラ先輩、翡翠が進化するためにもっと魔力が必要だと分かっていながら、助けてはくださらないのですね」
エラは冷笑を浮かべた。
「忠告しておくけど、最初の契約儀式で、ノックスを拒絶して翡翠鳥を選んだのは、あなた自身よ」
その言葉を聞いた翡翠鳥は、全身の羽を逆立てて攻撃的な姿勢を取り、凶悪な眼差しをエラに向けた。
だが、エラは一歩も引かない。氷のように冷たい声で言い放った。
「そちらから仕掛けてくるというのなら、後でどんな報復をされても文句は言わないでちょうだい」
彼女は、含みを持たせた声で締めくくる。
「次にノックスに近づいたら、次は審判の間で会うことになるわ」
メリッサは顔を真っ青にし、翡翠鳥を引きずるようにして慌ててその場を去っていった。
魔法の小屋への帰り道、ノックスはどこか意気消沈しており、その竜の瞳で時折、不安げにエラを窺っていた。
「お前と……あの鳥の間には、何か通じ合うものがあるように見えた」
エラが何かを説明しようと口を開きかけた、その時だった。ノックスはふっとその姿を暗影龍へと変えると、彼女の腕にそっと絡みつき、まるで話を聞きたくないとでも言うように目を閉じてしまう。
エラは彼の硬質な鱗を優しく撫で、厳かに約束した。
「ノックス、あなたはもう私と契約を交わした、私の唯一の使い魔よ。この生涯、私が二人目の魔獣を持つことは、絶対にないわ」
ノックスの竜の瞳が、夕闇の中で複雑な光を宿してきらめいた。
エラの腕に絡みつく力が、そっと強まるのが分かった。









