第2章

藤原常宏はまだ帰ってきていない。でも、もう彼のことはどうでもよくなった。

私は毎日アトリエで忙しく過ごし、心の中で結婚式までの日数を数えていた。

アトリエの静寂を破ったのは、携帯の着信音だった。

顔を上げて発信元を見ると、北条隆一だった。一瞬ためらったが、結局電話に出た。

「綾香、藤原常宏が消えたって聞いたけど」

「あなたに何か関係あるの」

私は目の前のデザイン画を整理しながら、平坦な声で答えた。

北条隆一は軽く笑った。

「昨日、京都で偶然彼を見かけたよ。失踪したようには見えなかったけどな」

私の手が、わずかに止まった。

「どちらにせよ、これは私たちのプライベートな問題だから」

私はこの話題を終わらせようとした。

「綾香、藤原常宏がどうしてこんなに長く姿を消しているのか、まさかまだ分からないのか」

北条隆一の声が低くなる。

「彼は君と結婚したくないんだ。君が俺を追いかけていたことを、根に持ってるんだよ」

「三年も経つのに、あなたも相変わらず私と彼の仲を裂くのが好きね」私は冷ややかに言い返した。

「君が傷つくのを見たくないだけだ」

彼は少し間を置いて

「動画を送る。自分で見ろ」

通話が終わり、LINEの通知音が鳴った。

数秒ためらった後、私は北条隆一が送ってきた動画を開いた。

薄暗いバーの照明の下、藤原常宏がカウンター席に座っている。若い女の子が彼に身を寄せ、その唇にそっとキスをした。彼は避けなかった。

動画はそこで終わっていた。

指が震える。私は素早くインスタグラムを開き、「常宏を愛する知世子ちゃん」というアカウントを検索した。

最新の投稿が目に飛び込んでくる。

『これって成功じゃない?』

添えられていたのは、まさにそのキスの瞬間を捉えた写真で、動画よりもさらに親密な角度から撮られていた。

突然、吐き気がこみ上げてきて、私はトイレに駆け込みえずいた。胃が痙攣するように痛み、冷たいタイルの上で身を縮めると、涙が勝手に流れ落ちた。

藤原常宏と付き合い始めたばかりの頃、私はパリのファッションウィークで多忙を極めていた。その日はひどい雨で、私は急に彼に会いたくなった。

『会いたいな』

そうメッセージを送ると、彼はその夜のうちに東京からパリへの航空券を買い、私の元へ飛んできた。私と会った時も、大雨はまだ降り続いていた。

ずぶ濡れの彼は両腕を広げ、私にこう言ったのだ。

「じゃあ、ハグしようか」

私たちは軒下でキスをした。彼のキスはとても優しく、まるで私が世界で一番大切な宝物であるかのように。

あれも嘘だったのだ。

アパートに帰ってから、胃の痛みはさらにひどくなった。薬を飲むために起き上がる力もなく、私は布団にくるまって意識を失った。

朦朧とする意識の中、リビングで誰かが歩き回る音が聞こえた気がした。

寝室のドアが静かに開けられ、藤原常宏の姿が戸口に現れた。

「綾香?」

彼は足早にベッドのそばへ駆け寄り、焦燥に満ちた声で言った。

「どうしたんだ」

次に目を覚ました時、そこは東京中央病院の病室だった。

朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいる。藤原常宏はベッド脇の椅子に座っていた。スーツの上着が無造作に背もたれに掛けられ、目の下にははっきりとした隈ができていた。

「やっと起きたか」

彼はほっと息をついたが、眉間の皺はまだ深いままだった。

「過労と胃炎の発作だって、医者が。俺がいないと、どうして自分の面倒も見られないんだ」

この一週間、私は彼を探して夜も眠れず、不安に苛まれ、デザインのインスピレーションは全く湧かず、五キロも痩せた。それなのに彼は京都で他の女の子とデートし、何事もなかったかのように、私が自分の面倒を見られないと責めるのだ。

本当に笑える。

「胃に優しい特製のお粥、持ってきたよ」

彼はいつものように優しい眼差しで、穏やかに言った。

「何か食べなよ」

私は問い詰めたい衝動を必死にこらえた。なぜこんなことをするのか、なぜ五年もの間、私を愛しているふりをしたのか、それを知りたかった。

私が他の誰かを愛したことがあるから、私は愛される資格がないというのだろうか。

「どうして泣くんだ」

彼は少し慌てた様子で言った。

「どこか辛いのか」

私は目を閉じ、何も言わなかった。

藤原常宏はため息をつき、身を屈めて私を抱きしめた。

「謝るのは俺の方だ。急に消えて、心配させたな」

彼は一呼吸置いて

「この数日、京都で結婚式場の業者を視察してたんだ。綾之島の設営プランをいくつか見てたら、俺たち本当に結婚するんだなって実感して、少し……どうしていいか分からなくなった」

まだ嘘をついている。

彼の嘘はあまりにも巧みで、私がずっと騙され続けてきたのも無理はない。

「あと二十日で結婚式だ。元気になって、一番綺麗な姿で俺に嫁いでくれ」

彼はそう約束し、私の額に軽くキスをした。

私は頷き、従順なふりをした。

「廊下で一本吸ってくる」

藤原常宏は立ち上がり、携帯をベッドサイドのテーブルに置いた。

彼が部屋を出るや否や、私はその携帯を手に取った。私の誕生日を入力すると、画面のロックが解除された。

すぐに彼のLINEのメッセージを確認すると、「小野」という名前の連絡先が目に留まった。

『常宏君、大丈夫?綾香さんはどうなりましたか?』

『心配で、一晩中眠れませんでした』

『お粥の準備はできています。病院の場所を教えてくれたら、すぐに届けます』

藤原常宏の返信は短かった。

『中央病院六〇五号室。ありがとう』

ベッドサイドのテーブルに目をやると、ピンク色の保温ポットが静かに置かれていた。メッセージを下にスクロールすると、小野知世子から送られてきた写真があった。眠っている藤原常宏の写真だ。『病院で一晩付き添って、やっと寝てくれたね』と彼女は書いていた。

私は携帯を元の場所に戻し、メッセージを未読の状態に戻してから、震える足でベッドを降りた。

病院のロビーで、私は彼らを見た——藤原常宏と、あの女の子が一緒に立っていた。

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