結婚式を1ヶ月後に控えた時期に、婚約者が婚約を破棄することを決めました

結婚式を1ヶ月後に控えた時期に、婚約者が婚約を破棄することを決めました

渡り雨 · 完結 · 16.4k 文字

502
トレンド
552
閲覧数
165
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

結婚式をひと月後に控えたある日、婚約者が姿を消した。

私が彼を発見した時、彼は知人らしき相手にこう言って嗤っていた。
「北条隆一を苦しめたいがために、西村綾香との結婚を決めただけだ」
「だが、いざ結婚が現実になると、興味が失せてしまった」
「しかし、このままでは気が済まない。結婚をドタキャンして彼女の顔に泥を塗ってやれば、面白いと思わないか?」

そこで私は、彼より先に結婚から逃げ出した。彼を街全体の笑い者にするために。

後日談だが、誇り高き藤原家の若様は、失踪した自身の花嫁を、街を隅から隅まで探しても見つけられなかったという。

チャプター 1

結婚式の一ヶ月前、婚約者の藤原常宏が失踪した。

いくら探しても、彼は見つからなかった。

彼が姿を消して七日目の夜、ようやく京都にいるという連絡が入った。

私は躊躇うことなく、東京から京都へと飛んだ。

京都に着いたのはもう深夜だった。急いで彼のいる場所へ駆けつけ、ドアをノックしようとした瞬間、中から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「俺が西村綾香と付き合ったのは、ただ北条隆一をむかつかせるためだよ」

藤原常宏の声だった。

私の手は、宙で固まった。

「一度味わってみたら、案外つまらない女でな」

彼の声には、私が今まで聞いたことのない軽蔑の色が滲んでいた。

「藤原さんは流石ですね、あの高嶺の花を落とすなんて」

誰かがお追従を言った。

「残念ながら、俺は彼女の初めての男だが、初めて好きになった男じゃない」

藤原常宏は続けた。

「あれだけ長いこと北条隆一を想っていたんだ。今でも心の中じゃあいつを愛してるんじゃないのか、誰が知るもんか」

「北条隆一と犬猿の仲じゃなければ、あいつの女を追って不快にさせてやろうなんて思わなかったさ……健気に守る情の深い男なんて芝居、する羽目にもならなかった」

私の心は、氷の底へと沈んでいった。

「藤原さん」

と、低い声が尋ねた。

「三年間、本当に一度も西村さんに心が動いたことはないのですか?あれほどあなたを信頼していたのに、一瞬でも憐れみを感じなかったのですか?」

個室は一瞬、静まり返った。私は息を殺し、常宏の答えを待った。

「憐れみ?」

常宏は鼻で笑った。

「ビジネスは戦場だ。感情なんざただの駒にすぎん。北条の奴が俺の一番大事な投資案件を奪ったから、俺はあいつが一番気にかけてる女を奪った。彼女はただの捨て駒だよ」

「九州のプライベートアイランドで結婚式をドタキャンして、あいつに恥をかかせるのも面白そうじゃないか?」

その言葉は一本の匕首のように、私の胸に深く突き刺さった。ドアの隙間から、常宏が杯を掲げるのが見えた。その瞳には「宿願を果たした」という快感だけが宿っていた。

私は、彼が私を愛していると、ずっと思い込んでいた。

私が北条隆一に夢中だった頃、彼は私にひどく冷たく、誰もが私のことを笑い者にしていた。そんな時、ただ一人、藤原常宏だけがずっと陰ながら私を守ってくれていた。

彼は言った。

「君に俺を見てほしいなんて思わない。ただ、君がこれから自由であってほしいと願うだけだ」

私が彼の交際を受け入れた日、彼は一晩中、花火を打ち上げた。

私たちが付き合って三年目、彼は私の名義で島を一つ買い、そしてプロポーズしてくれた。

これらは、愛ではなかったというの?

両脚が震え始め、胸が引き裂かれるように痛んだ。五年間の記憶が脳内で砕け散り、優しい微笑みも、情熱的な眼差しも、甘い誓いの言葉も、そのすべてが鋭いガラスの破片となって私の心臓を切り刻んだ。

真心だと思っていたそれは、ただ周到に仕組まれた罠だったのだ。

「女に復讐するなら、そりゃあ幸せの絶頂でどん底に突き落とすのが一番ですよ」

個室の誰かが提案した。

「いっそ何事もなかったかのように振る舞って、結婚式の当日に恥をかかせるのはどうです?」

その瞬間、私の心は微かに揺れた。常宏が「いや、綾香にそんな仕打ちはできない」と断ってくれるかもしれない、と一瞬だけ、愚かにも期待してしまったのだ。

ほんのわずかな躊躇いでも、一片の良心の煌めきでもいい。

「うん、その考えは悪くないな。それでいこう。綾の島でだ」

常宏はためらうことなく同意し、その声には愉悦さえ含まれていた。

その瞬間、私の最後の希望も打ち砕かれた。

私は顔の涙を拭い、静かにその場を離れた。

藤原常宏、そんな風に私を弄びたいの?なら、私もあなたを弄んであげる。結婚式の当日、あなたよりも早く、あなたより先に、結婚式から逃げ出してやる。

私は京都へ行った痕跡をすべて消し去り、自らデザインしたウェディングドレスを切り裂いた。

そうすることで自分に言い聞かせるのだ。情けをかけてはいけない、と。感情もウェディングドレスも、一度裂け目が入ってしまえば、二度と元には戻せないのだと。

それらを隠し終えた後、私は眠れなくなった。

ベッドで何度も寝返りを打っても眠れず、スマートフォンを開いてSNSを眺めていた。

ふと、「常宏を愛する知世子ちゃん」という名のアカウントが目に留まった。

タップすると、それはある女性が一人の男性に十年も片想いをし続けた記録だった。

最新の投稿、その位置情報は京都を示していた。

彼女はこう綴っていた。

「十年好きだった人がもうすぐ結婚します。勇気を出して告白したいので、皆さん、私に勇気をください」

その文章の下の写真に、私はもう一つの見慣れた手を見つけた。

それは藤原常宏の手だった。そこには、私たちの婚約指輪がはめられていた。

最新チャプター

おすすめ 😍

離婚当日、元夫の叔父に市役所に連れて行かれた

離婚当日、元夫の叔父に市役所に連れて行かれた

37k 閲覧数 · 連載中 · van08
夫渕上晏仁の浮気を知った柊木玲文は、酔った勢いで晏仁の叔父渕上迅と一夜を共にしそうになった。彼女は離婚を決意するが、晏仁は深く後悔し、必死に関係を修復しようとする。その時、迅が高価なダイヤモンドリングを差し出し、「結婚してくれ」とプロポーズする。元夫の叔父からの熱烈な求婚に直面し、玲文は板挟みの状態に。彼女はどのような選択をするのか?
君と重ねた季節

君と重ねた季節

20.7k 閲覧数 · 連載中 · りりか
二年前、彼は心に秘めた女性を救うため、やむを得ず彼女を妻に迎えた。
彼の心の中で、彼女は卑劣で恥知らずな、愛を奪った女でしかなかった。彼は自らの最も冷酷無情な一面を彼女にだけ向け、骨の髄まで憎む一方で、心に秘めた女性にはありったけの優しさを注いでいた。
それでもなお、彼女は十年間、ただ耐え忍びながら彼を愛し続けた。やがて彼女は疲れ果て、すべてを諦めようとした。だが、その時になって彼は焦りを覚える……。
彼女が彼の子をその身に宿しながら、命の危機に瀕した時、彼はようやく気づくのだ。自らの命に代えてでも守りたいと願う女性が、ずっと彼女であったことに。
離婚後、産婦人科で元夫に会っちゃった

離婚後、産婦人科で元夫に会っちゃった

20.2k 閲覧数 · 連載中 · 蜜蜂ノア
三年間の隠れ婚で子供を授からなかった彼女。
義母からは「卵も産めない雌鶏」と罵られ、義姉からは「家の厄介者」と蔑まれる日々。

せめて夫だけは味方だと信じていたのに――。
「離婚しよう。あの人が戻ってきたんだ」

離婚後、病院で元妻が三つ子の健診に来ているのを目撃したセオドア。
皮肉にも、その時彼は初恋の人の妊娠検査に付き添っていた。

怒りに震える彼の叫び声が、病院の廊下に響き渡る。
「父親は誰だ!?」
令嬢の私、婚約破棄からやり直します

令嬢の私、婚約破棄からやり直します

21.7k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
皆が知っていた。北野紗良は長谷川冬馬の犬のように卑しい存在で、誰もが蔑むことができる下賤な女だと。

婚約まで二年、そして結婚まで更に二年を費やした。

だが長谷川冬馬の心の中で、彼女は幼馴染の市川美咲には永遠に及ばない存在だった。

結婚式の当日、誘拐された彼女は犯される中、長谷川冬馬と市川美咲が愛を誓い合い結婚したという知らせを受け取った。

三日三晩の拷問の末、彼女の遺体は海水で腐敗していた。

そして婚約式の日に転生した彼女は、幼馴染の自傷行為に駆けつけた長谷川冬馬に一人で式に向かわされ——今度は違った。北野紗良は自分を貶めることはしない。衆人の前で婚約破棄を宣言し、爆弾発言を放った。「長谷川冬馬は性的不能です」と。

都は騒然となった。かつて彼女を見下していた長谷川冬馬は、彼女を壁に追い詰め、こう言い放った。

「北野紗良、駆け引きは止めろ」
サヨナラ、私の完璧な家族

サヨナラ、私の完璧な家族

18.9k 閲覧数 · 連載中 · 星野陽菜
結婚して七年、夫の浮気が発覚した――私が命がけで産んだ双子までもが、夫の愛人の味方だった。
癌だと診断され、私が意識を失っている間に、あの人たちは私を置き去りにして、あの女とお祝いのパーティーを開いていた。
夫が、あんなに優しげな表情をするのを、私は見たことがなかった。双子が、あんなにお行儀よく振る舞うのも。――まるで、彼らこそが本物の家族で、私はただその幸せを眺める部外者のようだった。
その瞬間、私は、自分の野心を捨てて結婚と母性を選択したことを、心の底から後悔した。
だから、私は離婚届を置いて、自分の研究室に戻った。
数ヶ月後、私の画期的な研究成果が、ニュースの見出しを飾った。
夫と子供たちが、自分たちが何を失ったのかに気づいたのは、その時だった。
「俺が間違っていた――君なしでは生きていけないんだ。どうか、もう一度だけチャンスをくれないか!」夫は、そう言って私に懇願した。
「ママー、僕たちが馬鹿だったよ――ママこそが僕たちの本当の家族なんだ。お願い、許して!」双子は、そう言って泣き叫んだ。
壊れた愛

壊れた愛

35.4k 閲覧数 · 連載中 · yoake
片思いの相手と結婚して、世界一幸せな女性になれると思っていましたが、それが私の不幸の始まりだったとは思いもよりませんでした。妊娠が分かった時、夫は私との離婚を望んでいました。なんと、夫は他の女性と恋に落ちていたのです。心が砕けそうでしたが、子供を連れて別の男性と結婚することを決意しました。

しかし、私の結婚式の日、元夫が現れました。彼は私の前にひざまずいて...
真実の愛 ~すれ違う心と運命の糸~

真実の愛 ~すれ違う心と運命の糸~

37.1k 閲覧数 · 連載中 · yoake
彼女は6年間、彼を一途に愛し続けてきた。
億万長者の夫の心を、深い愛情で掴めると信じていた。

しかし衝撃的な事実が発覚する。
彼には愛人がいた―障害を持つもう一人の女性。

彼はその女性に最高の幸せと優しさを与え、
一方で彼女には冷酷な態度を取り続けた。

その理由は、かつて自分を救ってくれた恩人を
その女性だと思い込んでいたから。
実際には、彼女こそが真の恩人だったのに―。
社長、奥様が亡くなりました。ご愁傷様です

社長、奥様が亡くなりました。ご愁傷様です

13.6k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
お金と特権に囲まれて育った私。完璧な人生に疑問を持つことすらなかった。

そんな私の前に彼が現れた―
聡明で、私を守ってくれる、献身的な男性として。

しかし、私は知らなかった。
私たちの出会いは決して偶然ではなかったことを。
彼の笑顔も、仕草も、共に過ごした一瞬一瞬が、
全て父への復讐のために緻密に計画されていたことを。

「こんな結末になるはずじゃなかった。お前が諦めたんだ。
離婚は法的な別れに過ぎない。この先、他の男と生きることは許さない」

あの夜のことを思い出す。
冷水を浴びせられた後、彼は私に去りたいかと尋ねた。
「覚えているか?お前は言ったんだ―『死以外に、私たちを引き離せるものはない』とね」

薄暗い光の中、影を落とした彼の顔を見つめながら、
私は現実感を失いかけていた。
「もし...私が本当に死んでしまったら?」
はるかのノート

はるかのノート

6.6k 閲覧数 · 完結 · 渡り雨
結婚して四年、はるかは癌を患い、死の淵にいた。
そんな中、夫が選んだのは彼の初恋の相手だった。
だが、はるかがこの世を去った後。
彼ははるかの残した日記を読み、正気を失ったのだ。
愛人のために離婚届にサインしたら、元夫が泣いて復縁を求めてきた

愛人のために離婚届にサインしたら、元夫が泣いて復縁を求めてきた

8.7k 閲覧数 · 完結 · 渡り雨
「サインしろ。それを書けば、俺たちは離婚だ」
夫である佐藤隆一は無情にそう言い放った。
緘黙症を患う私は、何も言わずに離婚届にサインをした。

「おい、本当に離婚するのか?」と、隆一の友人が尋ねる。
「大丈夫だ。一ヶ月もしないうちに、あいつは俺の元に戻ってくるさ。俺から離れられるわけがない。だって、あいつは声も出せないんだからな」

彼らの会話を、私は黙って聞いていた。
その時、スマートフォンに一通のメッセージが届く。
『京都に旅行でもどう? 気分転換しに』

この瞬間から、私の人生は違う軌道を描き始めた。
億万長者の夫との甘い恋

億万長者の夫との甘い恋

15.6k 閲覧数 · 連載中 · 青凪
長年の沈黙を破り、彼女が突然カムバックを発表し、ファンたちは感動の涙を流した。

あるインタビューで、彼女は独身だと主張し、大きな波紋を呼んだ。

彼女の離婚のニュースがトレンド検索で急上昇した。

誰もが、あの男が冷酷な戦略家だということを知っている。

みんなが彼が彼女をズタズタにするだろうと思っていた矢先、新規アカウントが彼女の個人アカウントにコメントを残した:「今夜は帰って叩かれるのを待っていなさい?」
溺愛は時に残酷で 〜大企業社長と口の利けない花嫁〜

溺愛は時に残酷で 〜大企業社長と口の利けない花嫁〜

44.1k 閲覧数 · 連載中 · 来世こそは猫
業界では、北村健には愛人がいることはよく知られている。彼は金の成る木のように彼女にお金を注ぎ、彼女のために怒りに震え、命さえも投げ出す覚悟がある。しかし、業界の人間は同時に、北村健には妻がいることも知っている。彼女は口のきけない子で、存在感はなく、北村健にしがみつく菟丝花のような存在だった。北村健自身もそう思っていた。ある日、その口のきけない子が彼に離婚協議書を手渡すまでは。北村健は動揺した。