第1章

深夜十一時、東京港区の高級マンションの下で、水嶋千鶴は聞き慣れたエンジン音を耳にした。

彼女は手にしていた地質学の論文から顔を上げ、掃き出し窓へと歩み寄る。黒のメルセデス・ベンツSクラスがゆっくりと地下駐車場へ滑り込んでいき、そのヘッドライトが夜の闇に二筋の冷たい白色光を描いた。

千鶴は嬉しそうにコートを手に取り、階下へ向かう準備をした。

結婚して五年、彼女は宗谷の付き合いのペースにはとっくに慣れていた。帝王産業グループの跡継ぎである彼のスケジュールは、常にビジネスディナーやゴルフで埋め尽くされている。

一方、T大学で地質学の博士号を持つ彼女は、研究室で土壌サンプルを分析する静かな時間を何よりも好んでいた。

エレベーターのドアが開き、地下駐車場の照明が少し眩しい。

千鶴がそのベンツに歩み寄ると、宗谷がちょうど運転席から降りてくるところだった。スーツのジャケットを腕にかけ、ネクタイは緩く首からぶら下がっている。

「千鶴? どうして降りてきたんだ?」

宗谷の声には、わずかに驚きの色が混じっていた。

「会いたくなったから」

千鶴は微笑んだ。

彼女の身体がこわばった。

助手席の位置がおかしい。

千鶴は空間測定に対して、ほとんど本能的と言えるほどの鋭敏さを持っていた。

このシートポジションは、彼女が普段調整している位置より明らかに十センチは後ろにあり、背もたれの角度もより深く倒されている。

まるで誰かがそこで横になったか、あるいは一人が横になり、もう一人が……。

「千鶴? どうしたんだ?」

宗谷が歩み寄ってくる。

「なんでもない」

彼女は無理に平静を装った。

宗谷が優しく千鶴の肩を抱き、首を傾けてくる。

互いの呼吸が交じり合うが、今の千鶴にそんな気分はなかった。

千鶴の脳が自動的に動き出し、この異常を分析し始める。

身長約160センチ、脚の長さは自分より五センチほど短く、体重はおそらく50キロ前後——小柄な女性の身体データだ。

「今日のお付き合い、どうだった?」

彼女はごく普通の口調で尋ねた。

「まあまあだな。投資案件が一つまとまった」

宗谷は言う。

「疲れたよ。早く家に帰ってお前を抱きしめたかった」

千鶴はそれ以上何も言わなかった。

家に戻ると、宗谷はシャワーを浴びてすぐ、ベッドに倒れ込むように眠ってしまった。

千鶴は寝室の入口に立ち、夫の寝顔を見つめる。

五年前、まさにこの顔が彼女に言ったのだ。

「千鶴、俺の助手席は永遠にお前だけのものだ」

それは彼らが大学を卒業して初めてのデートでのこと。宗谷は助手席の角度を一つ一つ丁寧に調整し、それから真剣な面持ちでその約束を口にした。

「永遠に私だけのもの?」

千鶴は呟き、口の端に苦い笑みを浮かべた。

彼女は身を翻し、書斎へと向かう。

月光が窓から差し込み、山と積まれた地質資料を照らしていた。

千鶴はノートパソコンを開き、新しいドキュメントを作成した。

彼女は今夜の発見を詳細に記録していく。

「シートポジション:シート後方移動10.3センチ、背もたれ角度約15度増加」

「使用者体格の推定:身長158-162センチ、脚長約75センチ」

「時期:直近一週間以内」

千鶴の指がキーボードの上で止まった。

科学者として、単一のデータでは結論に至れないことを彼女は知っていた。しかし、一人の女として、彼女の直感がけたたましく警鐘を鳴らしている。

窓の外では、東京タワーの灯りが夜空に瞬いていた。千鶴は壁に掛かった写真に目をやる——それは彼女と宗谷のウェディングフォトで、二人は満面の笑みを浮かべている。

彼女は深く息を吸い、パソコンを閉じた。

明日、宗谷の会社へ行こう。

あの助手席に座ったのが、いったい誰なのかを確かめたい。

もし彼が本当に自分を裏切っていたら、自分はどうするのだろうか?

千鶴に答えはなかった。

なぜなら、彼女の心の中には、すでに答えがあったからだ。

午前二時、千鶴はベッドに横になり、寝返りを繰り返していた。隣で眠る宗谷に目を向けると、この男の寝息は穏やかで規則正しい。

彼女はふと五年前に宗谷がプロポーズしてくれた夜を思い出した。

「千鶴、君が地質学を愛していることは知っている。俺は君の夢を応援する」

宗谷は片膝をつき、真摯な眼差しで言った。

「俺が君の一番堅固な支えになる」

だが今、彼女はこの結婚のために、どれだけの機会を諦めてきただろう? 彼の付き合いに合わせるため、どれだけの学会を断ってきただろう?

千鶴が目を閉じると、恩師である藤原教授から先週届いたメールが脳裏に浮かんだ。

『千鶴、君の才能は縛られるべきではない。外の広大な世界こそが君の本当の舞台だ』

ベッドサイドテーブルの上のスマートフォンが一度震えた。

千鶴が手に取ると、親友の佐藤真理からのメッセージだった。

『まだ起きてる? 明日、時間ある? しばらく会ってないから、会いたいな』

千鶴は画面を見つめ、指を返信キーの上でさまよわせる。

『うん、明日ご飯行こう』

スマートフォンを置き、千鶴は再び窓の外に目を向けた。

東京の夜空に星はなく、ただ果てしない灯りがあるだけだ。

あの場所は、かつては彼女の専用だった。

今は、誰のものなのだろうか?

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