第1章

朝倉奏子視点

午前五時半。他の誰もが家で眠っている中、私はここで中守幸希の遺体と向き合っていた。病院の霊安室へ続く廊下は凍えるほど寒く、消毒液の匂いがした。

膝の上の火葬同意書を睨みつける。葬儀社の佐藤さんが、作り物めいた沈痛な面持ちをこちらに向けていた。

「朝倉さん、本日中の即日火葬をご希望で?」

「はい」

私はペンを掴んだ。さっさとサインして、こんなクソみたいなことは終わらせてしまおう。

「即日対応となりますと、追加料金が発生しますが――」

「構いません」

私は一番下に署名を殴り書きした。

朝倉奏子。

佐藤さんが咳払いをする。

「他の書類も拝見できますか」

ハンドバッグの中身をすべてぶちまけた。婚姻届受理証明書。死亡診断書。中守幸希の遺言書。浮気した夫を焼き払おうとするどっかの女なんかじゃなく、私が法的な妻であることを証明する、あらゆる書類を。

「すべて揃っておりますね」

彼は書類をぱらぱらとめくりながら言った。

「しかし、本当によろしいのですか?一度始めてしまいますと――」

「幸希はいつも、死んだ後までこの世に未練がましく残りたくないと言っていました」

嘘は滑らかに口をついて出た。

「早く逝きたい、と。それが彼の望みだったんです」

中守幸希が望んでいた唯一のことなど、私のお金を盗んで恋人と高飛びすることだけだ。その仕事をやり遂げる前に死んでしまったのは、残念だったわね。

佐藤さんは頷いた。

「では、すぐに準備を始めます。午前八時にまたお越しください」

「ええ、そうします」

三時間後、私は駐車場で中守幸希の遺灰を抱えて立っていた。黒い骨壺は思ったより重かった。携帯が震え続けている。午前六時から中守健一と中守真里がひっきりなしに電話をかけてきているのだ。私はそのすべてを無視した。

背後で車のドアが乱暴に閉まる音。中守健一の車が甲高いブレーキ音を立てて駐車場に滑り込んできて、三人が飛び出してきた。中守真里はひどい有り様だった。髪は乱れ、化粧は崩れ落ちている。中守健一は顔を真っ赤にして汗をかいていた。

そして、白羽伊奈がいた。

午前八時だというのに、彼女は完璧に見えた。幸希が八年間の結婚生活を捨てて彼女に走ったのも無理はない。

「朝倉奏子!」

中守真里が私に向かって走ってきた。

「幸希はどこ?私の息子はどこにいるの?」

私は骨壺を掲げた。

「ここに」

彼女の顔から血の気が引いた。

「何?なんなの、それは?」

「中守幸希の遺灰よ。今朝、火葬にしたの」

完全な沈黙。その直後、中守真里の手が乾いた音を立てて私の頬を張った。

「この悪魔!お別れもさせてくれなかったじゃない!」

頬が燃えるように熱かったが、私は身じろぎ一つしなかった。代わりに携帯を取り出し、一一〇番に電話をかけた。

「総合病院で暴行を受けました。今、女の人に殴られたんです」

「朝倉奏子さん、電話を切りなさい」

中守健一が言った。声が震えている。

「話をしよう」

「話すことなんてないわ。私は中守幸希の法的な妻として、当然の権利を行使しただけ」

私は携帯を耳に当てたまま続けた。

「はい、警官の方が来るのを待ちます」

白羽伊奈が高いヒールをカツカツ鳴らして近づいてきた。

「法的な妻?よく言うわ」

私は彼女を頭のてっぺんからつま先まで見下ろした。おそらく二十五歳、ことによるともっと若いかもしれない。滑らかな肌、完璧な身体。これが、夫が私よりも選んだ女。

「私は何も隠してない。私が中守幸希の妻。あなたは、彼が遊びで手を出していただけの女」

白羽伊奈の顔が赤くなる。

「あなたに幸希と私の何がわかるっていうの。私が彼の本当のパートナーだった。恋人だったのよ。あなたはただの――」

「ただの、何ですって?」

私は一歩踏み出した。

「ただ、彼の会社設立を助けた女?ただ、八年間も彼のくだらないあれこれに耐えてきた女?ただ、彼がくたばった時にどうするかを決める権利があった、法的な妻?」

中守健一が私たちの間に割って入った。

「やめなさい。息子が死んだんだぞ。子供みたいな真似はよせ」

あなたの息子は泥棒よ、中守健一さん。でも、それもすぐにわかることだ。

パトカーが回転灯を点滅させながら停まった。村田警官が、心底面倒くさそうな顔で降りてくる。

「暴行事件の通報があったと聞いていますが?」

「彼女に殴られました」

私は中守真里を指差して言った。

「目撃者も複数います」

中守真里が再び泣き出した。

「この人が私たちに何も言わずに息子を火葬にしたんです!会わせてもくれなかった!」

村田警官は居心地が悪そうにした。

「奥さん、その決定権はあったんですか?」

私は書類一式を彼に手渡した。

「私が最近親者です。すべて合法的に行っています」

白羽伊奈がまた一歩前に出た。

「お巡りさん、この二人の結婚生活について、知っておくべきことがあります。幸希と私は――」

「私たちは、何?」

私は彼女に向き直った。

「私の実家のお金を盗むつもりだった?書類を偽造するつもりだった?あなたたちのものではない十八億円を奪うつもりだった?」

誰もが黙り込んだ。中守真里の嗚咽が止まる。警官でさえ驚いた顔をしていた。

「何を言っているんだ?」

中守健一の声が裏返った。

私は微笑んだ。今日、初めて。

「十八億円の資金?もう無理よ。資金は凍結されたから」

「嘘よ」

白羽伊奈が言った。

「自分の銀行口座を確認してみればいい。先月の中守幸希の送金履歴を。信託の書類にある偽造された署名を」

私は中守健一を睨みつけた。

中守健一がよろめき、後ずさる。

「そんなはずはない。幸希がそんなことを――」

「中守幸希はやったわ。あなたたち全員が彼に協力した」

私の声は平坦なままだった。

「でも、死人にお金は盗めない」

村田警官が咳払いをした。

「皆さん、暴行容疑の話に集中しましょう。朝倉さん、あなたは彼女を告訴しますか?」

私は中守真里を見た。

「いいえ」

私は言った。

「彼女は今日、もう十分辛い思いをしたでしょうから」

私は骨壺を差し出した。中守真里は震える手でそれを受け取った。

「ご愁傷さまです」

私は警官にも聞こえるように、大きな声で言った。完璧な、悲しみに暮れる未亡人の声で。

「こんなことにならなければよかった。中守幸希は、お二人を愛していました」

中守真里は骨壺を固く抱きしめた。

「この冷血な女。全部計画通りだったのね」

私は自分の車に向かって歩き出した。

「どうか、安らかに」

背後で、中守真里が泣き崩れている。中守健一が彼女をなだめようとしていた。白羽伊奈が弁護士がどうとか叫んでいるのが聞こえた。

私は振り返らなかった。

車に乗り込み、バックミラーを確認する。悲しむ未亡人の仮面は消え去った。残ったのは、純粋な満足感だけだった。

中守幸希、あなたは私を破滅させられると思ったでしょうね。私の家族が築き上げたすべてを奪い、私を無一文にできると。あなたは私を裏切り、私から盗み、私を愚か者に見せることができた。でもごめんなさい、あなたの望み通りにはさせてあげなかった。地獄でも苦痛を感じていればいいわ。

私はエンジンをかけ、車を走らせた。中守幸希の遺灰と、破綻した計画と共に立ち尽くす彼らを置き去りにして。

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