紹介
末期癌で余命僅かな夫、中守幸希が突然切り出した言葉に、私は耳を疑った。
「君のためなんだ」と彼は言うけれど、そんなはずがない。
私たちは誰よりも深く愛し合っていた。最期の瞬間まで、彼のそばにいる。そう誓ったのに。
だから、私は頑なに離婚を拒み続けた。
――彼が遺す書類の中から、偶然「18億円の信託基金」の契約書を見つけるまでは。
震える指でめくった受益者の欄。そこに記されていたのは、私の知らない女の名前だった。
なぜ? なぜ、もうすぐ夫でなくなるはずの彼が、私たちの築き上げた莫大な財産を、見ず知らずの他人に譲ろうとしているの?
「私のために離婚する」なんて、すべてが嘘だったの?
絡みついた疑念が、真実という名の刃となって私の心を抉ったその日――彼は危篤状態で病院に運ばれた。
医師たちの懸命な蘇生の甲斐なく、中守幸希の心臓は、二度と動くことはなかった。
その夜、私はたった一人で、彼を火葬にした。
まだ温もりの残る亡骸が灰に変わっていくのを見つめながら、私は静かに誓いを立てる。
「あなた、見ていて。あなたの愛した女と、あなたが遺したすべてを、私がこの手で――」
これは、夫の死の淵で見つけた、甘く残酷な裏切りの物語。
チャプター 1
朝倉奏子視点
午前五時半。他の誰もが家で眠っている中、私はここで中守幸希の遺体と向き合っていた。病院の霊安室へ続く廊下は凍えるほど寒く、消毒液の匂いがした。
膝の上の火葬同意書を睨みつける。葬儀社の佐藤さんが、作り物めいた沈痛な面持ちをこちらに向けていた。
「朝倉さん、本日中の即日火葬をご希望で?」
「はい」
私はペンを掴んだ。さっさとサインして、こんなクソみたいなことは終わらせてしまおう。
「即日対応となりますと、追加料金が発生しますが――」
「構いません」
私は一番下に署名を殴り書きした。
朝倉奏子。
佐藤さんが咳払いをする。
「他の書類も拝見できますか」
ハンドバッグの中身をすべてぶちまけた。婚姻届受理証明書。死亡診断書。中守幸希の遺言書。浮気した夫を焼き払おうとするどっかの女なんかじゃなく、私が法的な妻であることを証明する、あらゆる書類を。
「すべて揃っておりますね」
彼は書類をぱらぱらとめくりながら言った。
「しかし、本当によろしいのですか?一度始めてしまいますと――」
「幸希はいつも、死んだ後までこの世に未練がましく残りたくないと言っていました」
嘘は滑らかに口をついて出た。
「早く逝きたい、と。それが彼の望みだったんです」
中守幸希が望んでいた唯一のことなど、私のお金を盗んで恋人と高飛びすることだけだ。その仕事をやり遂げる前に死んでしまったのは、残念だったわね。
佐藤さんは頷いた。
「では、すぐに準備を始めます。午前八時にまたお越しください」
「ええ、そうします」
三時間後、私は駐車場で中守幸希の遺灰を抱えて立っていた。黒い骨壺は思ったより重かった。携帯が震え続けている。午前六時から中守健一と中守真里がひっきりなしに電話をかけてきているのだ。私はそのすべてを無視した。
背後で車のドアが乱暴に閉まる音。中守健一の車が甲高いブレーキ音を立てて駐車場に滑り込んできて、三人が飛び出してきた。中守真里はひどい有り様だった。髪は乱れ、化粧は崩れ落ちている。中守健一は顔を真っ赤にして汗をかいていた。
そして、白羽伊奈がいた。
午前八時だというのに、彼女は完璧に見えた。幸希が八年間の結婚生活を捨てて彼女に走ったのも無理はない。
「朝倉奏子!」
中守真里が私に向かって走ってきた。
「幸希はどこ?私の息子はどこにいるの?」
私は骨壺を掲げた。
「ここに」
彼女の顔から血の気が引いた。
「何?なんなの、それは?」
「中守幸希の遺灰よ。今朝、火葬にしたの」
完全な沈黙。その直後、中守真里の手が乾いた音を立てて私の頬を張った。
「この悪魔!お別れもさせてくれなかったじゃない!」
頬が燃えるように熱かったが、私は身じろぎ一つしなかった。代わりに携帯を取り出し、一一〇番に電話をかけた。
「総合病院で暴行を受けました。今、女の人に殴られたんです」
「朝倉奏子さん、電話を切りなさい」
中守健一が言った。声が震えている。
「話をしよう」
「話すことなんてないわ。私は中守幸希の法的な妻として、当然の権利を行使しただけ」
私は携帯を耳に当てたまま続けた。
「はい、警官の方が来るのを待ちます」
白羽伊奈が高いヒールをカツカツ鳴らして近づいてきた。
「法的な妻?よく言うわ」
私は彼女を頭のてっぺんからつま先まで見下ろした。おそらく二十五歳、ことによるともっと若いかもしれない。滑らかな肌、完璧な身体。これが、夫が私よりも選んだ女。
「私は何も隠してない。私が中守幸希の妻。あなたは、彼が遊びで手を出していただけの女」
白羽伊奈の顔が赤くなる。
「あなたに幸希と私の何がわかるっていうの。私が彼の本当のパートナーだった。恋人だったのよ。あなたはただの――」
「ただの、何ですって?」
私は一歩踏み出した。
「ただ、彼の会社設立を助けた女?ただ、八年間も彼のくだらないあれこれに耐えてきた女?ただ、彼がくたばった時にどうするかを決める権利があった、法的な妻?」
中守健一が私たちの間に割って入った。
「やめなさい。息子が死んだんだぞ。子供みたいな真似はよせ」
あなたの息子は泥棒よ、中守健一さん。でも、それもすぐにわかることだ。
パトカーが回転灯を点滅させながら停まった。村田警官が、心底面倒くさそうな顔で降りてくる。
「暴行事件の通報があったと聞いていますが?」
「彼女に殴られました」
私は中守真里を指差して言った。
「目撃者も複数います」
中守真里が再び泣き出した。
「この人が私たちに何も言わずに息子を火葬にしたんです!会わせてもくれなかった!」
村田警官は居心地が悪そうにした。
「奥さん、その決定権はあったんですか?」
私は書類一式を彼に手渡した。
「私が最近親者です。すべて合法的に行っています」
白羽伊奈がまた一歩前に出た。
「お巡りさん、この二人の結婚生活について、知っておくべきことがあります。幸希と私は――」
「私たちは、何?」
私は彼女に向き直った。
「私の実家のお金を盗むつもりだった?書類を偽造するつもりだった?あなたたちのものではない十八億円を奪うつもりだった?」
誰もが黙り込んだ。中守真里の嗚咽が止まる。警官でさえ驚いた顔をしていた。
「何を言っているんだ?」
中守健一の声が裏返った。
私は微笑んだ。今日、初めて。
「十八億円の資金?もう無理よ。資金は凍結されたから」
「嘘よ」
白羽伊奈が言った。
「自分の銀行口座を確認してみればいい。先月の中守幸希の送金履歴を。信託の書類にある偽造された署名を」
私は中守健一を睨みつけた。
中守健一がよろめき、後ずさる。
「そんなはずはない。幸希がそんなことを――」
「中守幸希はやったわ。あなたたち全員が彼に協力した」
私の声は平坦なままだった。
「でも、死人にお金は盗めない」
村田警官が咳払いをした。
「皆さん、暴行容疑の話に集中しましょう。朝倉さん、あなたは彼女を告訴しますか?」
私は中守真里を見た。
「いいえ」
私は言った。
「彼女は今日、もう十分辛い思いをしたでしょうから」
私は骨壺を差し出した。中守真里は震える手でそれを受け取った。
「ご愁傷さまです」
私は警官にも聞こえるように、大きな声で言った。完璧な、悲しみに暮れる未亡人の声で。
「こんなことにならなければよかった。中守幸希は、お二人を愛していました」
中守真里は骨壺を固く抱きしめた。
「この冷血な女。全部計画通りだったのね」
私は自分の車に向かって歩き出した。
「どうか、安らかに」
背後で、中守真里が泣き崩れている。中守健一が彼女をなだめようとしていた。白羽伊奈が弁護士がどうとか叫んでいるのが聞こえた。
私は振り返らなかった。
車に乗り込み、バックミラーを確認する。悲しむ未亡人の仮面は消え去った。残ったのは、純粋な満足感だけだった。
中守幸希、あなたは私を破滅させられると思ったでしょうね。私の家族が築き上げたすべてを奪い、私を無一文にできると。あなたは私を裏切り、私から盗み、私を愚か者に見せることができた。でもごめんなさい、あなたの望み通りにはさせてあげなかった。地獄でも苦痛を感じていればいいわ。
私はエンジンをかけ、車を走らせた。中守幸希の遺灰と、破綻した計画と共に立ち尽くす彼らを置き去りにして。
最新チャプター
おすすめ 😍
過ちの恋~姉の元恋人との結婚
同じ床で枕を共にしながら、彼が口にするのはいつも姉の名前であって、私の名前ではなかった。彼の心の奥底で最も愛しているのは姉だった。姉が重い病に倒れ命が危うくなると、彼は躊躇うことなく、私を無理やり手術台に押し上げ、私の腎臓を摘出して姉を救った。
満身創痍で病床に横たわっていた私は、さらに魂を打ち砕くような残酷な真実を知らされた——この世にたった一人残された肉親である祖父もまた、間接的に彼の手によって命を落としていたのだ。その瞬間、私の心は完全に灰と化した。
彼は離婚協議書を私の前に投げつけ、これですべて終わりだと思っていた。しかし運命は、最後にもう一つ残酷な転折を用意していた。
私は、身ごもっていた。
舐めるつもり?なら、思い知らせてあげる
ところが、その兄が乗ってきたのはトラクターだった。
ガタガタと揺れるトラクターがたどり着いた先は、まるで古城のような大邸宅。そこで私は思い知る。本当の家族のもとに引き取られた私は、貧しくなるどころか、前よりずっと裕福になっていたのだ。
……だが、ちょっと待ってほしい。なぜ私には突然、婚約者というものが存在するのか。しかもその相手は、私の大学の教授だという。誰か、説明してくれないだろうか。
令嬢は離婚を機に大富豪への道を歩む
「瀬央千弥、離婚して」
周りの連中はこぞって彼女を嘲笑った。あの瀬央様がいなくなったら、御影星奈は惨めな人生を送るに決まっていると。
ところが実際は――
財閥の名家がこぞって彼女を賓客として招き入れ、トップ俳優や女優が熱狂的なファンに。さらに四人の、並々ならぬ経歴を持つ兄弟子たちまで現れて……。
実家の御影家は後悔し、養女を追い出してまで彼女を迎え入れようとする。
そして元夫も、悔恨の表情で彼女を見つめ、「許してくれ」と懇願してきた。
御影星奈は少し眉を上げ、冷笑いを浮かべて言った。
「今の私に、あなたたちが手が届くと思う?」
――もう、私とあなたたちは釣り合わないのよ!
私が囲っている億万長者
彼は息を呑むほど美しく、落ちぶれていた。夫の裏切りがもたらした傷が完全に癒えるまで、彼をそばに置いておくつもりだった。
お金で彼の付き添いを買い、すべてのルールを私が決め、すべてを完全に掌握しているつもりだった。
けれど、私の隣で横たわるこの男の正体は、彼が語ったものとはまるで違っていた。
魅惑的な笑顔と抗いがたい容姿の下に隠されていたのは、仇敵から身を隠す億万長者の素顔だった。
今や彼は、私の生活に、私のベッドに、そして私の心に――完全に絡みついている。
身を引くことは、彼のそばにいることよりも、もっと危険かもしれない。
余命宣告された日、帰宅するとベッドに「引き裂かれた愛人の下着」があった
しかし、運命は残酷だ。
病院で「白血病」という絶望的な診断を受けたその日。
震える足で帰宅した私の目に飛び込んできたのは、夫の裏切りの証拠だった。
私たちの神聖な寝室。
そのベッドの上には、無惨に引き裂かれたレースの下着がわざとらしく残されていたのだ。
それは明らかに、夫の愛人からの宣戦布告。
「あなたはもういらない」と嘲笑うかのような、残酷なマウントだった。
命の期限を突きつけられた日に、愛まで失った私。
絶望の淵で、私はある決断を下す。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。
生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。
兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。
長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。
兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」
彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
自己犠牲はもうおしまい。虐げられた養女の反撃
――病弱な義妹のための「生きる血袋」として仕えること。
健康も、才能も、尊厳も、そのすべてを捧げて尽くしてきた。しかし、必死に媚びへつらい、 縋り付いてきた家族から彼女に返されたのは、冷酷な裏切りと追放だった。
彼女の最初の人生は、あまりにも惨めな悲劇で幕を閉じる。
底知れぬ悔恨のなか、彼女は高層ビルから身を投げたのだった。
――だが、運命は彼女に二度目のチャンスを与えた。
二十三歳の誕生日の朝、目を覚ました寧音は誓う。もう二度と、理不尽に耐え忍ぶだけの犠牲者にはならない、と。
彼女は、毒親と義妹が巣喰う涼宮家を毅然と離脱。彼らが決して奪うことのできない、自分だけの唯一無二の武器――非凡なる「デザインの才能」を手に、新たな世界へと飛び込む。
その圧倒的な輝きは、政財界に絶対的な権力を誇る最高経営責任者、伏見盛重の目を引いた。彼は同情という名の施しではなく、対等なビジネスパートナーとして、彼女に救いの手を差し伸べる。
いまや寧音は、ただ生き延びるために足掻く哀れな女ではない。
自らの人生を狂わせた「家族」を冷徹に、一歩ずつ破滅へと追い詰めながら、彼女は愛する実母の死の真相へと迫っていく。
殺されたので戻りましたが、元夫の宿敵に執着されています
そこにいたのは、あいつの最大最凶の「宿敵」だった――。
上半身裸の彼に壁へと押し付けられた私は、耳元でその低く甘い声を聴く。
「他の女たち?……どいつもこいつも、もっと優しくしてくれって泣いて縋ってくるがな」
ただの一時しのぎのはずだった。なのにその夜を境に、この危険な男は私に執着し、決して離そうとしない。
前世の夫への復讐を誓い、罠を仕掛けた「復讐劇」の舞台が間近に迫る中。
不敵に微笑む彼は、本当に式場をぶち壊しに現れるつもりなのだろうか――?
不倫夫を捨て、私は大富豪の妻になる
新郎の車から出てきたのは、見知らぬ女の派手なレースの下着だった。
しかも、その布切れにはまだ。生々しい情事の痕跡が残されていた。
吐き気がするほどの裏切り。
幸せの絶頂から地獄へと突き落とされた私。
けれど、泣き寝入りなんてしてやらない。
私はその場でウェディングドレスの裾を翻し、決意した。
「こんな汚らわしい男は捨ててやる」
私が選んだ次の相手は、彼など足元にも及ばない世界的な億万長者で?
氷の君と太陽の私
運命が私を引き戻した——薬を盛られた結婚初夜、彼の腕の中で生まれ変わったのだ。これは私の二度目のチャンス。
かつて逃げ出した男こそが私の運命。彼の狂おしい愛こそが、私の最強の武器。世界が恐れる男を受け入れ、彼の姫となろう。共に、私たちを破滅させた裏切り者どもを灰燼に帰すのだ。
しかし私の突然の献身は、彼に疑念を抱かせる。心を砕いてしまった男に愛を証明するには、どうすればいいのだろう……彼の最も暗い欲望が、私を永遠に縛り付けることだと知りながら。
婚約破棄後、私はヤクザの組長と結婚した
救いの手を差し伸べたのは謎めいた男・葉夜(かなや)だったが、彼の真意は読めない。
一方、妃那の宿敵であり自信家の祈葉(いのか)は、自らの美貌と魅力を武器に黒社会の頂点を目指すが、
思いもよらぬ残酷な試練に追い込まれていく。
誤解と嫉妬、愛と憎しみが絡み合い、
それぞれの思惑がやがて一つの危険な運命へと収束していく――。













