第3章
朝倉奏子視点
あの信託証書を見つけてから一週間後、私は町にある杉田陸の事務所の椅子に座っていた。その私立探偵は非常に評判が良く、料金は法外だったが、白羽伊奈という女の正体を突き止めてくれるなら、一円たりとも惜しくはない。
彼の事務所は、古くなったコーヒーと煙草の匂いが染み付いていた。壁には灰色のファイリングキャビネットが並び、デスクの上はマニラフォルダで埋め尽くされている。
「朝倉さん」
彼は分厚い封筒をデスクの上で滑らせてきた。
「お気に召す内容ではないでしょうが」
封筒を開ける手が震えていた。まずこぼれ落ちてきたのは、何枚もの写真だった。中守幸希と、若い女が一緒に写っている。黒髪で、可愛らしい顔立ちをしている。ソーシャルメディアのプロフィールで見た、あの白羽伊奈に間違いない。レストランの外で手を繋ぎ、駐車場でキスをし、アパートらしき建物に入っていく二人。
「ご主人は、白羽伊奈とおよそ六年間、関係を続けています」
杉田は言った。その声は平坦で、プロに徹していた。
「二人には息子が一人。名前は翔太。五歳です」
六年間。一瞬、息が詰まった。
「ありえない」
だが、そう口にしながらも、私の目はさらなる写真に釘付けになっていた。ブランコに乗った子供の背中を押す、中守幸希。
「お気の毒ですが、朝倉さん。しかし、証拠は明白です」
杉田はさらに書類を取り出した。
「財務記録によれば、ご主人は彼女たちを経済的に支援しています。家賃、学費、医療費。すべて、彼が管理する口座から支払われています」
銀行の取引明細書をめくる。毎月、数百万円。何年もの間。
「アパートはC市にある。白羽伊奈はマーケティングコーディネーターとして働いていますが、生活費のほとんどは中守幸希が負担しています」
杉田はハイライトされた箇所を指差した。
「この養育費の支払いは、二〇一九年から継続しています」
二〇一九年。その頃にはもう、私たちは結婚して二年が経っていた。幸せだと思っていた。自分たちの子供を作ろうと頑張っている最中だと思っていたのに。
「まだあります」と杉田は続けた。
「お話しされていた信託基金ですが、あれは白羽伊奈だけのものではありません。息子が二十五歳になるまで、彼の生活を支えるためのものです。大学の学費、生活費、そのすべてを」
視界が滲んだ。十八億ドル。愛人と、その子供のために。
「六年間、ですって?」
「金銭の動きと目撃者の証言から判断すると、はい。二〇一九年から、もしかしたらそれ以前から一緒だった可能性もあります」
二〇一九年。……私は、なんて、どうしようもない馬鹿だったんだろう。
自分のオフィスに戻ると、私はドアに鍵をかけ、杉田から受け取った写真をデスクいっぱいに広げた。どの写真の中の中守幸希も、幸せそうだった。リラックスしていて。
私はこの二年間、彼を看病してきた。化学療法のために病院へ車を走らせ、彼が吐いている間、その手を握り続けた。治療が辛い時期には、病院の粗末な椅子で眠った。彼の癌を中心に、私の人生のすべてが回っていたのだ。
その間ずっと、彼はあの人たちのことを考えていた。
野球の試合らしき場所で撮られた、中守幸希と男の子の写真を手に取った。中守幸希がフィールドの何かを指さし、子供が笑っている。ごく普通の、本物の親子のように見えた。
あの子の試合のために、私の週末を何度すっぽかしたの?
幸希が「疲れて何もできない」と言った、いくつもの土曜日を思い出す。
「体調が悪くて外出できない」「弱っていて家から出られない」と。私は彼のためにスープを作り、映画を選んで、支えになっているつもりでいた。良き妻であろうとしていた。
この、大嘘つき。
浮気が最悪だったわけじゃない。すべてを計画していた、そのやり方が許せなかった。中守幸希はただ情事を楽しんだだけじゃない。もう一つの人生を、もう一つの家族を、丸ごと築き上げていたのだ。そして、その費用を払うために、私の金を使った。
これは朝倉家の金。祖父と父が身を粉にして築き上げた財産。中守幸希の愛人とその子供のためではなく、私たちの未来のためにあるべきだった金。
両親に、幸希のことをどれだけ庇ってきたか思い出す。父が「幸希はうちの事業に興味を持つのが早すぎる」と言ったとき。母が「どうして幸希はうちの口座についてそんなに詳しいの?」と尋ねたとき。私は二人とも間違っていると言い張った。幸希が愛しているのは私であって、私たちのお金じゃない、と。
ああ、なんて愚かだったんだろう。
携帯が震えた。画面には幸希の名前。
「もしもし。今日はどうだった?」
電話に出ると彼が尋ねた。
「別に」
写真を見つめたまま答える。
「あなたは?」
「きつかったよ。担当の安良先生がまた薬を変えたいって言うんだ」
彼の声は疲れていて、病人のそれだった。
「たぶん、帰るのは遅くなる。何か頼んでおくかい?」
今日、あの人たちと一緒にいたの?医者に行くって私に嘘をついて、翔太をどこかに連れて行ってたの?
「ええ」と私は言った。
「なんでもいいわ」
「大丈夫?声がおかしいよ」
あなたのもう一つの家族のこと、知ったのよ、このクズ野郎。
「疲れてるだけ」と私は言った。
「また後で」
電話を切り、再び写真に目を落とした。一枚の写真には、妊娠している白羽伊奈が写っていた。
私たちが子作りをしている間に、彼女を妊娠させたのね。陰性だった検査結果の数々。うまくいかなくて泣いた、あの何ヶ月もの日々。幸希は私を抱きしめて、「大丈夫、授かりものだから。いつかきっとできるさ」と言った。
彼にはもう子供がいたのだ。ただ、私との子供が欲しくなかっただけ。
写真を片付けていると、別の何かが腑に落ちた。飯田隆。この一年、うちの会社を経営してきた男。幸希が推薦した人物だ。
「飯田隆は大学時代からの、一番信頼できるルームメイトなんだ」と幸希は言った。
「彼の能力は非の打ち所がない。完全に信頼していい」
幸希が外部の助けを借りることを提案してくれたとき、私は心から感謝した。幸希の看病にすべての時間を費やしていた私に、数十億ドル規模の会社をパートタイムで経営することなどできなかったからだ。ハーバードのMBA、素晴らしい経歴、申し分のない推薦状。飯田隆は完璧に見えた。
だが今、私はその推薦状について考えていた。その経歴について。彼の登場があまりに都合のいいタイミングだったことについて。
幸希が病気になったのは二年前。飯田隆が現れたのは一年前。ちょうど幸希が、どうやって一族の金をさらに手に入れるか算段していただろう時期に。
飯田隆は、最初からこの計画に加担していたのでは?
ラップトップを開いて検索する。すべては正当に見えたが、何かがおかしい。日付、会社、あまりに完璧すぎる彼のキャリア。
幸希が飯田隆を連れてきた。幸希が飯田隆の身元を保証した。幸希が、私が飯田を信頼するように仕向けた。
胃の腑が冷たくなるような感覚がした。パズルのピースが、あるべき場所にはまっていく。
これはただの、白羽伊奈と子供だけの問題じゃない。会社全体に関わることだ。
この一年、飯田隆がやってきたことをすべて思い返した。新規投資。資金の移動。なぜか巨額の現金の移転を伴う「改善」の数々。
私からだけ盗んでいたんじゃない。私の家族全員から盗んでいたんだ。
椅子にもたれかかり、私は思わず笑ってしまった。そうでもしないと、何かを投げつけてしまいそうだった。
中守幸希は、私を裏切っていただけではなかった。彼は、私の家族が築き上げたものすべてを、食い物にしていたのだ。自分の癌を隠れ蓑にして。私の愛を、私に牙を剥く武器として利用して。
「最初から、罠だったんだ」
幸希は、いつからこの計画を立てていたのだろう?私たちの結婚生活の、どれだけが本物だったのだろう?
一つでも、本物はあったのだろうか?
もう一度、写真に目をやった。白羽伊奈と翔太と一緒にいる幸希は、本当に幸せそうに見えた。ここ数年で見た彼のどの姿よりも、生き生きとしていた。
それが答えなのかもしれない。たぶん、何一つ本物なんてなかったのだ。私はただ、都合のいい金を持った、都合のいい妻で、白羽伊奈こそが、彼が本当に愛した人だったのだ。
残念だったわね、幸希。死んだ人間は、金を使えないのよ。
