第30章

鈴鹿柚葉は奥歯をきゅっと噛み、ふん、と鼻を鳴らした。

「やだ」

伊能黎真が堪えきれないように笑う。

「はいはい、からかっただけ。戻ってきてまだ日が浅いだろ。今からドレスを用意しても間に合わない」

柚葉も、仕立てに出しているドレスがまだ上がっていないことを思い出す。クローゼットを探しても、今夜にふさわしい一着はない。

「……分かった。じゃあ伊能様、お願いします」

伊能黎真は口元だけで微笑んだ。

「手間じゃない」

 池のほとり。夏川おじい様と伊能おじい様は岸にしゃがみ、釣り竿は脇に立てかけたまま、肝心の水面など一度も見ちゃいない。

夏川おじい様が声を落とす。

「見ろよ。二人で...

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