紹介
しかし、私を迎えに来た本当の家族は、決して貧しくなどなかった。高級スーパーカーと大勢のボディーガード、そして真の令嬢のための壮大な邸宅を用意して、私を待っていたのだ。
――ある日、サーキットで私の車のブレーキが壊れた時、命懸けで自らの車を衝突させて私を救った男、伊能黎真。
その後、暗闇の中で私の口を塞ぎ、彼は熱を孕んだ声で囁いた。
「声を出すな」
そして私の手を握り締め、こう言ったのだ。
「君は俺の婚約者だ。俺が君を大切にせず、一体誰を大切にするというの?」
だが、不気味な病院、偽造医薬品、そしてかつての赤ん坊取り違え事件の裏に隠された真実が次々と浮上するにつれ、私は一つの恐ろしい事実に気づく。
――運命を盗まれた子供は、私一人だけではないのかもしれない。
チャプター 1
鈴鹿柚葉がドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは——自分の荷物が全部、リビングに山みたいに積まれている光景だった。
「お姉ちゃん、どうして戻ってきたの? てっきり今日、空気読んで出ていったものかと」
鈴鹿星乃は腕を組み、鈴鹿柚葉を見下ろす。
「まあ戻ってきてもいいけど。だってここ、もうお姉ちゃんの家じゃないし。私が何しようが、あなたには関係ないでしょ」
そこへ新沢逸也が現れ、鈴鹿星乃の肩を抱き寄せた。
「出ていく前に渡辺さんに土下座でもしてけよ? 十八年も育ててくれたんだ。育て間違いではあったけど、金だってかかってるだろ」
鈴鹿星乃は小香風のワンピースを身にまとい、新沢逸也の胸に甘えるように寄り添う。
「そんな言い方しないで、逸也兄ちゃん。お姉ちゃんだよ?」
その高級オーダーのドレスの色——鈴鹿柚葉が以前、大きなショーで長いこと見つめていたのに、鈴鹿家から「あなたには似合わない」と言われたやつだ。
鈴鹿柚葉は鼻で笑った。過去の自分の立場をかぶりながら、センスまで稚拙に真似してくる女。
床に散らばった身分証を拾い上げようとした、そのとき。鈴鹿星乃が前に立ちふさがる。
「……何が可笑しいの?」
何もかも真似していたくせに、今さらこちらの服を見下すのか。鈴鹿柚葉は眉を上げ、淡々と言い返した。
「そりゃ笑うでしょ。哀れで、猿真似ばっか」
鈴鹿星乃の顔色がさっと白くなる。
「鈴鹿柚葉、私があなたの真似? 鈴鹿家のお嬢様が、あなたなんかの服装を真似する必要ある?」
「私はあなたの荷物を確認してるの。口では鈴鹿家なんていらないって言いながら、裏で何か盗ってないか見てるだけ!」
鈴鹿柚葉は冷ややかに見返す。
「私がそんな物、欲しがると思ってるの?」
そして小さく笑った。
「まあ、盗み癖のある人間は、他人も泥棒に見えるか」
鈴鹿星乃は真っ赤になり、涙目で新沢逸也の胸に潜り込んだ。
「逸也兄ちゃん、見て! お姉ちゃん、私のこと見下してる……いじめるの!」
新沢逸也は鈴鹿星乃の腕を軽く叩いて宥める。
「鈴鹿家の本物のお嬢様はお前だ。新沢家と縁組するのもお前だけ。あいつに腹立てるなよ。どうせこれから先、高級オーダーとも無縁になるんだから」
「二日後の誕生日には、デザイナーのエコーのドレス、取ってやった」
「エコー?」
鈴鹿星乃の瞳がぱっと輝く。だがすぐに上品ぶったように唇を結んだ。
「最近、予約が本当に取れないって聞くわ。お客にもすごく厳しいとか……逸也兄ちゃん、私のために無理してお願いしたの? お金もかかったでしょ?」
新沢逸也は抱き寄せたまま微笑む。
「まあ少し手間はあったけどな。星乃ちゃん、お前にはその価値がある」
そして鈴鹿柚葉に向ける視線は、傲慢と誇示で満ちていた。
「どっかの意地っ張りとは違う。あいつはもう、一生こういうドレスとは縁がない」
「お前があいつより上に行くんだ。あいつが持ってた『目』だって、人の人生を横取りしてただけだろ。全部正しい場所に戻れば、星乃ちゃんのほうがずっとふさわしい」
鈴鹿星乃は満足げに頬を寄せる。
「やっぱり逸也兄ちゃんが一番」
鈴鹿柚葉は腕を組み、無表情で二人を眺めた。
「エコー? 新沢逸也、本当に取れると思ってるの?」
新沢逸也が眉をつり上げる。
「なんだ、信じないのか?」
鈴鹿柚葉は肩をすくめ、何も言わなかった。ついさっき、スタジオで見たオーダー——あれが新沢逸也のものだと、今になってようやく繋がった。
よかった。即、断っておいて。
「逸也兄ちゃん、お姉ちゃんはもう出ていくの」
鈴鹿星乃は彼の手を握り、殊勝な顔で言う。
「だから不安で、逸也兄ちゃんを疑っちゃっただけ。私は信じてる」
新沢逸也は鈴鹿星乃の頬を両手で包む。
「その日、お前が会場で一番輝く姫さまだ」
寄り添い、甘い空気を纏う二人。
鈴鹿柚葉はふと、かつて新沢逸也がしつこく自分にまとわりつき、何度拒んでも犬みたいに尻尾を振ってきたことを思い出す。
冷笑が漏れた。
「ほんと、お似合い。二人とも」
鈴鹿星乃はにっこり。
「当然よ。婚約があるのは、私たちだもの」
鈴鹿柚葉はちらりと見て言う。
「まあ、世間知らずはゴミを宝物扱いするってことね」
鈴鹿星乃の表情が一瞬で歪む。
「鈴鹿柚葉!」
「何様のつもり? 私の場所を何年も占領して、私の人生を奪っておいて、その口でそんなこと言えるの?」
鈴鹿柚葉は口元に薄い笑みを浮かべ、眉を上げた。
「まるで私が入れ替えたみたいな言い方。忘れた? 私が鈴鹿家に来たときだって、赤ちゃんだった」
新沢逸也が鈴鹿星乃を抱きしめ、憤ったように言う。
「鈴鹿柚葉、前から生意気だとは思ってたが……星乃ちゃんにどういう口の利き方してる?」
鈴鹿柚葉は視線すら向けない。
「あなたと話すの、吐き気がする。どいて」
「今日、星乃ちゃんに謝れ」
新沢逸也の顔が沈む。
鈴鹿柚葉は白目を剥くように目を上げた。
「誰があんたに口出ししていいって言った? 鈴鹿家の家事に、あんたが首突っ込む資格あるの?」
「まだ結婚もしてないのに、もう鈴鹿家の人間気取り?」
鈴鹿星乃は鼻声で言った。
「彼は私の婚約者よ」
鈴鹿柚葉は新沢逸也を一瞥する。こいつが骨の髄までどういう男か、自分が一番よく知っている。女癖が悪く、節度もない、絵に描いたような腐った男。
新沢家の実権は新沢の老当主にあり、彼が本当に推しているのは新沢逸也ではない。新沢逸也は新沢家の名を借りて、良縁を漁っているだけだ。
父の鈴鹿征江は「高枝に掴まった」と勘違いし、双方の思惑が一致して話はまとまった。
だからこそ鈴鹿柚葉は、結婚を嫌がったのだ。
今さら蠅と豆がぴたりとくっついたのなら、心の中で祝ってやるしかない。
鈴鹿柚葉が黙っているのを、鈴鹿星乃は言い返せなくなったのだと勘違いした。そこへ渡辺花子がやって来て、鈴鹿星乃は飛びつく。
「ママ! お姉ちゃん、私が逸也兄ちゃんとの婚約を取ったって怒ってるの!」
渡辺花子は娘を抱き、頭を撫でる。
「いい子いい子。泣かないの。あの子が怒ったところで何になるの?」
「逸也はあなたと結婚するのよ」
数言なだめてから、渡辺花子は鈴鹿柚葉へ顔を上げた。途端に表情が冷え切る。
「鈴鹿柚葉、あなたは鈴鹿家に、ちゃんと頭を下げるべきよ。あなたの実の両親がどういう人間か、知ってる?」
「スラムで食べるものにも困ってる底辺。母親は重病、兄は障害持ち、父親だけがまとも……その父親もこの前怪我をした」
彼女は冷笑した。
「長年の情で、あなたを置いてあげようと思ったのよ。苦労させたくなかったから。でも——」
「あなたは星乃ちゃんに逆らってばかり、いじめてばかり!」
「やっぱりね。親が親なら子も子。あんなに手塩にかけて育てたのに、結局治らなかった」
「あなたはスラムに帰るべきなの」
一か月前、鈴鹿家の本当の娘である鈴鹿星乃が現れ、鈴鹿家は鈴鹿柚葉が実子ではないと知った。
その一か月で、鈴鹿柚葉は鈴鹿家の醜さを嫌というほど見せつけられた。
かつて優しかった母は毒を吐き、可愛がってくれた父は冷たい目を向ける。鈴鹿星乃が泣いて甘えれば、誰も彼女の弁解など聞かず、鈴鹿柚葉に謝罪を強要した。
鈴鹿家に娘は一人でいい。自分が争う意味はない。
鈴鹿柚葉はスーツケースに両手を置き、渡辺花子の芝居がかった顔を静かに見つめ、容赦なく刺した。
「本気で、私を引き留めたかったの?」
見慣れたはずの顔が、ひどくよそよそしく見える。
ふと——当時のことを、本当に何も知らないはずがあるのだろうか。
……いや、今は考える時じゃない。
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