第4章

病院を出てから、私は街の通りを宛てもなく彷徨っていた。

日が暮れ、街のあちこちに灯りがともり始める頃、気がつけば私は病院から二筋先の小さなジャズバーの前に立っていた。馴染みの店だ。

お酒が必要だった。

ううん、たくさん。

深夜零時を回る頃には、サックスの低いメロディが薄暗い空間に響いていた。私は何時間もカウンターの一番奥に座り続け、目の前には空になったウィスキーグラスが三つ並んでいた。

美帆の言葉が、壊れたレコードのように頭の中で繰り返される。「この結婚は彼の副院長選にずいぶん有利に働くし、理事会は間違いなく『家庭の安定』がある候補者を好む」と。

「また男絡みかい?」グラスを磨きながら、バーテンダーの鈴木丈司が心配そうに尋ねてきた。彼は真夜中過ぎにここで悲しみを紛らわす女性を、もう何人も見てきている。

私は苦笑を浮かべて空のグラスを前に押し出した。「おかわり。今夜はとことん酔うつもりだから」

「陽菜ちゃん、もうウィスキーを三杯も飲んでる。そろそろ家に帰った方がいいんじゃないか?」丈司はボトルを宙に浮かせたまま、ためらうように言った。

「家だって?」私の声には、酔いと皮肉が混じっていた。「あの無菌室みたいな医者のマンションのこと? 私はあそこにいるただの飾り。彼が趣味のいい既婚者だって証明するための、綺麗な花瓶よ」

アルコールは私の舌を滑らかにし、胸の痛みを深くした。今日、私が心を込めて準備した鮭弁当のこと、申し訳ないという気持ちと感謝の気持ち、そして美帆の言葉が私のプライドをいかにずたずたに引き裂いたかを思った。

一体、何を期待していたのだろう。出世のために私と結婚した男が、本当に私を愛してくれるなんて。

私はウィスキーをもう一口煽り、液体が喉を焼くように流れ落ちていくのを感じた。

バーの音楽はよりスローになり、影になったボックス席ではカップルたちが囁き合っていた。彼らが羨ましかった――少なくとも、彼らは心から愛し合っている。

入り口から、聞き覚えのある足音が響いた。振り返るまでもなく、誰だか分かった――まるで胸腔を切り裂くメスのように鋭く的確な、あの正確でリズミカルな足取り。どうしてここが分かったのだろう?

「ここで何してるの?」私は顔も上げず、アルコールと怒りで濁った声で言った。「自分の投資物件の様子でも見に来たのかしら? 完璧な可愛い奥様が、あなたに恥をかかせていないか確認しに?」

彼は私の隣に腰を下ろした。消毒液と高級なコロンの混じった、あの慣れ親しんだ匂いがする。

「陽菜、話がある」彼の声には疲労が滲んでいた。おそらく手術を終えたばかりなのだろう。

「話って、何について?」私は勢いよく振り返り、彼の目をまっすぐに見た。いつもは冷静でプロフェッショナルな深い青色の瞳に、今、何かが揺らめいていた――罪悪感? それとも心配? もう私には分からなかった。「私が理事会にあなたの『家庭の安定』をどう見せつけてるかって話? それとも、イベントコーディネーターごときが医療エリート様の高貴な身分に相応しくないって話かしら?」

彼の表情を見て、図星だと分かった。それが私をさらに苛立たせた。

「酔ってるな。家に帰るぞ――」

「酔ってなんかないわ!」私は彼の言葉を遮った。私の声がバーに響き渡る。「しらふよ! この茶番がはっきり見えるくらいにはね! 私はあなたの昇進のための完璧な道具、そうでしょ? あのお堅い理事たちに、あなたが『身を固めた』って見せつけるための!」

彼の顔が青ざめ、その医師としての冷静な仮面にひびが入った。

「陽菜、安部さんが言ったことなんて信じるな……」

「どうして信じちゃいけないの?」私は立ち上がった。アルコールのせいで世界が少し揺らいだが、怒りが意識をはっきりさせていた。「彼女の言う通りよ! あなたとの関係なんて、まるで病院の検査みたいじゃない! 冷たくて、効率だけで、心がない! 私はただ、あなたの条件表の一項目を埋めるための存在に過ぎないの。『ふさわしい妻を見つけた――はい、条件達成! これで任務完了!』ってわけね!」

彼の顔がさらに青ざめるのが見えた。彼は何かを言おうと口を開きかけて、やめた。

「陽菜、君が思っているようなことじゃないんだ……」彼の声は弱々しく、私が今まで聞いたことのないような無力さがこもっていた。

「思ってるようなことじゃないだって?」涙が溢れ出した。「じゃあ、何なの? 教えてよ、智也! これが全部、あなたの副院長選のためじゃないって言って! 理事会が既婚者の候補者を好むから、私と結婚したんじゃないって言ってよ!」

彼は私の涙を見つめ、その表情は痛みを帯びていく。彼の手が震えているのが、その目に葛藤が宿っているのが見えた。

長い沈黙。

そして彼は突然立ち上がり、私のグラスに手を伸ばした。

「もういい!」彼の声は低く、かすれていた。いつもの冷静な高橋先生とは似ても似つかない。「真実が知りたいのか? いいだろう、教えてやる!」

彼の突然の激しさに、私は息を呑んだ。目の前にいるのは、いつもすべてを掌握している男ではない。――傷を抱えた男、そのものだった。

「俺の人生は、医学部時代から完全に計画されていた」震える手で、彼は今まで聞いたことのないような脆さを帯びた声で言った。「朝は五時に起き、夜は十時に寝る。一分一秒まで完璧にスケジュールが組まれていた。それが俺の望む人生だと思っていた……君に出会うまでは。そして初めて、その計画から逸脱したいと思ったんだ」

私は衝撃に目を見開いて彼を見つめた。これが智也? あのいつも冷静で自制心のある男?

「あの夜の失敗は……」彼の声はさらに低くなった。彼がゴクリと喉を鳴らすのを、私は見つめていた。「怖かったからだ。メスしか握れないような男が、こんなにも生命力に溢れた人間に相応しいわけがないと、恐ろしくなったんだ。君を壊してしまうんじゃないか、失望させてしまうんじゃないか、怖かったんだ……」

彼は言葉を切り、深く息を吸った。正しい言葉を探しているのが見て取れた。

「君が、俺が手術以外には何の役にも立たないと気づいてしまうのが怖かったんだ」

その瞬間、音楽がさらにスローになったように感じた。あるいは、私の心臓の鼓動が他のすべてをかき消してしまったのかもしれない。涙が目に溢れてきた。

「あなた……本当にそう思ってたの?」私の声は羽のように軽かった。

「毎晩、君の寝顔を見ながら、どうすれば君が必要とする夫になれるのか考えていた」彼は手を伸ばし、優しく私の頬に触れた。その手はまだわずかに震えていた。「高橋先生でも、副院長候補でもなく、ただの智也として。君を深く愛している、一人の男として」

愛してる? その言葉が、頭の中で爆発した。

「愛してるだって?」私の涙はついに決壊した。「でも、私たち……ただの契約じゃ……」

「契約なんてクソくらえだ!」彼の怒声に他の客が振り返ったが、彼が気にしていないのは分かった。「君に会った瞬間から、もう二度と離れたくないと思った。安部さんの言葉は……俺がその場で否定すべきだったんだ。君は、俺を含めた誰よりも素晴らしい人間だって、皆に言うべきだった」

私は彼の目を見つめた――その青い瞳には、誠実さと、恐れと、そして深い愛が宿っていた。これは高橋先生の計算された演技ではない。これは、智也のむき出しの正直さだ。

「私……私、あなたにとって都合のいい取り決めに過ぎないんだと思ってた……」私は嗚咽を漏らした。

「君は俺の人生で最も都合の悪い存在だ」彼はふっと苦笑を漏らした。その瞬間、表情が和らぎ、かつての若々しさがふたたび宿ったように見えた。「だって君は、俺に毎日、もっと良い人間になりたいと思わせるから」

サックス奏者が楽器を片付け始め、最後の数組の客が帰る準備をしていた。この終わっていく夜の中で、私は自分の心が再び組み上がっていくのを感じた。

私は手を伸ばし、彼の顔に浮かぶ疲労に触れた。彼の肌は温かく、少しざらついていた――医者の手はもっと滑らかだと思っていたのに。

「ごめんなさい、私、安部さんの言うことなんて信じるべきじゃなかった……」

「いや、俺のせいだ」彼は私の手を強く握りしめた。まるで私が消えてしまうのを恐れるかのように。「俺が、俺たちの間のすべてを君に疑わせたんだ」

私たちは隅の席で固く抱きしめ合った。彼の心臓の鼓動が感じられた――速くて、力強い。彼の腕の中は温かく、安心できた。以前の、どこか距離のある丁寧さとは違う。

「家に帰ろうか?」彼は私の耳元で囁いた。その温かい息がくすぐったい。「やり直せる……俺たち」

私は彼の胸に顔をうずめて頷いたが、ほんの少しの躊躇いが残っていた。「うん……でも今度は、高橋先生じゃなくて、本当のあなたがいい。智也がいい」

「約束する」彼は私の額に口づけをした。優しくて、誠実なキスだった。

私たちはゆっくりとバーを出た。夜空には星が散らばっている。彼の手は私の手をしっかりと握っていたが、心の奥深くで、まだ声が囁いていた。彼の言葉は本物だったのだろうか? それとも、また別の、綿密に計算された医療行為なのだろうか?

でも今夜は、信じることにした。あの震える手を、あの脆い言葉を、そして私の前ですべての虚飾を脱ぎ捨てた、あの男を。

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