第2章
和泉陸はまだ畳の上に倒れており、こめかみからは暗赤色の血が流れていた。
月光が障子紙を通して和室に差し込み、床の一画を照らし出す。これが夢ではないと、私に念を押しているかのようだった。
和泉家、菊池家、そして山田家は、国内でも赫々たる音楽の名家である。しかし、私には幼い頃から音楽の才能がなく、また一人っ子だったため、父は和泉陸を養子に迎えた。将来、彼が私と結婚し、家業を継ぐためだ。
和泉陸と菊池明日香は「音楽界の天才双子星」と称賛されていた。彼はピアノ、彼女はヴァイオリン。音楽高校から東京音楽学院に至るまで、彼らはずっと競い合い、ずっと寄り添ってきた。
前世では、大学卒業を間近に控えた頃、和泉陸と菊池明日香は卒業後にすべてを打ち明けることを決めていた。和泉家への養育の恩は別の形で返すが、私との結婚だけは絶対にしない、と。
そのことを知った母は、学校の周年記念式典で和泉陸のシャンパンに薬を盛り、さらに明日香に連絡して和泉家に呼び寄せ、見るべきではない一幕を見せた。
失意の明日香は家の決めた縁談を受け入れ、望まぬ相手と結婚した。
そして和泉陸と私は、母の策略の下で七年間、苦しみに満ちた関係を続けた。私が胃癌でこの世を去るまで。
「うぅ……」
ベッドの上の和泉陸が低い呻き声を漏らし、ゆっくりと目を開けた。彼は後頭部を触り、苦痛に顔を歪める。
彼が私に気づいた瞬間、全身が凍りつき、その瞳に驚愕と怒り、そして信じがたいという色がよぎった。
「和泉優香!」
彼は突如として身を起こし、激した感情で声を震わせた。
「誰がお前に胃から血を流すことを許した?……俺の許しなくして、お前は死ぬことすら許されない!」
私は愕然として彼を見つめ、ある可能性に気づいた。和泉陸もまた、生まれ変わったのだと。
その時、戸の外から足音が聞こえてきた。
私は素早く反応し、力任せに和泉陸を畳から蹴り落とすと、同時に布団を引き寄せて自分の体を隠した。
慌てた拍子に、うっかりオルゴールのスイッチに触れてしまい、オルゴールからピアノ曲がゆっくりと流れ始める。
和泉陸が起き上がろうとした。彼は私の手を掴み、抵抗する力のない私は床に倒れ込む。オルゴールは私の手から滑り落ち、床に叩きつけられて粉々になった。
ドアノブが回り、菊池明日香が和室の戸を開けた。
私と和泉陸は床に倒れ、和室は散らかり放題。二人とも怪我を負っており、特に和泉陸のこめかみの傷はことさらに痛々しく見えた。
「陸? 大丈夫? どうして怪我なんか……」
彼女は心配そうに問いかけ、視線を私と床の和泉陸との間で行き来させる。
和泉陸は戸口に立つ菊池明日香を呆然と見つめ、彼女の名を呼んだ。
「明日香?」
菊池明日香は微かに微笑み、説明した。
「式典の後、電話したんだけど、ずっと出なかったから。あなたの演奏のコンディションが心配で、様子を見に来たの」
和泉陸の表情が驚愕から複雑なものへと変わる。彼が今この瞬間、生まれ変わったという事実を完全に認識したのだと、私にはわかった。
その時、母が戸口から入ってきて、床に転がる和泉陸と砕けたオルゴールを見て、不満の色を顔に浮かべた。
「あなたたち、一体……」
「申し訳ありません、お母様」
私は素早く母の言葉を遮った。
「私の胃薬がこぼれてしまって、お兄様が探すのを手伝ってくれていたんです。その時、うっかり山田君にもらったオルゴールにぶつかってしまって」
母の瞳に一瞬疑いがよぎったが、すぐにそれは覆い隠された。
私は菊池明日香の方を向き、わざと親しげに振る舞う。
「明日香お姉様、お兄様のことを心配して来てくださってありがとうございます。昨夜は確かに飲み過ぎていたみたいで」
和泉陸は立ち上がり、衣服を整えながら菊池明日香に言った。
「明日香、久しぶりだな」
和泉陸の声は掠れていて、時を超えたかのような感情がこもっていた。
菊池明日香は彼のことを少し心配そうに見つめる。
「こめかみの傷……手当てしましょうか」
「そうですよ、そうですよ、お兄様。お姉様に手当てしてもらってください」
そう言って私は和泉陸の背中を押し、部屋から追い出そうとした。
「床はオルゴールの破片だらけです。踏んだら大変ですから」
その言葉を聞いて、和泉陸は何を思ったのか、破片と部品の片づけは自分も残ってやると言い張った。
掃除が終わってようやく、彼は明日香について傷の手当てをしに部屋を出ていった。去り際に、和泉陸は私と母を深く見つめた。
その眼差しに私は身震いする。七年間の憎しみは、生まれ変わっても消えてはいなかった。
部屋には私と母だけが残された。
「あなたは陸のことがずっと好きだったじゃないの? どうして引き止めないの?」
母が絶望したように尋ねる。
「無理強いはできません、お母様」
私は静かに答えた。
母はため息をついた。
「もし陸が明日香さんと結婚したら、彼は和泉家を捨てるわ」
「ご心配なのは、和泉グループの未来でしょう?」
私は母の目を真っ直ぐに見つめた。
「和泉陸は、会社にとって最大のドル箱ですから」
「優香、わかってちょうだい」
母の声が厳しくなる。
「私はあなたに、音楽グループを継げる立派な婿を見つけなければならないの。陸はあなたのお父様が手ずから育て上げた人材なのよ」
私は答えなかった。だが、心の中ではもう決意は固まっていた。
