第3章
周防家の別荘、そのリビングは煌々と明かりが灯っていた。
私は上座のソファに深く腰掛け、手にした極太の赤いペイントマーカーを弄んでいる。
そこへ、日村菫が二人の屈強な男たちに両脇を抱えられ、引きずり込まれてきた。
「離してよ! 私が誰だと思ってるの!?」
男たちは女相手に手加減などせず、無慈悲に彼女を床へとねじ伏せる。
日村菫は必死に身をよじり、ヒールで床を蹴って無作法な音を立てた。
顔を上げ、私の姿を認めた途端、彼女は金切り声を上げる。
「周防薫子! あんた、頭おかしいんじゃないの!? これは誘拐よ! 犯罪だわ!」
「もうすぐ明司が来るわ! すぐ後ろにいるのよ! こんなことしてるのを見られたら、彼は絶対にあんたを許さないからね!」
「許さない、ねえ?」
私は鼻で笑い、ソファから身を起こした。
パチン、と乾いた音を立ててマーカーのキャップを外す。
私は彼女へ向かって、一歩ずつ歩み寄った。
手にしたペンを見て、日村菫の瞳に困惑の色が浮かぶ。
「な……何をする気? 周防薫子、警告しておくけど……」
御託を並べる暇など与えない。私は左手で彼女の顎を鷲掴みにすると、強引に上を向かせた。
「動かないで」
背筋が凍るほど優しい声色で、私は囁く。
「これ、あなたの大好きな色でしょう?」
ひんやりとしたペン先が、彼女の滑らかな額に触れた。
日村菫は半狂乱で首を振ろうとするが、顎骨を万力のようにロックされたまま身動きが取れない。喉の奥から、くぐもった悲鳴だけが漏れる。
無骨なフェルト芯が皮膚を擦り、鮮血のように赤い痕跡を刻んでいく。
私は彼女の額に、誰もが読めるよう丁寧な筆致で書き殴った。
――『ビッチ』と。
「きゃああああああっ!!」
日村菫が錯乱したような絶叫を上げる。
私は眉一つ動かさず、ペン先を滑らせ続けた。頬から、震える首筋へ、そして純白の衣服の上へと。
「高そうな服。東野明司に買ってもらったの?」
問いかけながらも、手元の筆圧は容赦なく強める。
布地の上を走るペン先が、嫌な摩擦音を立てた。
胸元、腹部、スカートの裾。
そこかしこに、私は同じ単語をびっしりと書き連ねていく。
大小様々な『ビッチ』の文字が、毒々しい赤色で彼女を埋め尽くした。
最初こそ罵詈雑言を喚き散らしていた日村菫だが、今はただガタガタと震え、嗚咽を漏らすのみだ。
その姿は壊れた玩具のようで、全身を赤字で汚され、見るも無惨な有様だった。
最後の一画を書き終えると、私は用済みとばかりにペンを彼女へ投げつける。
指先に付いたインクをハンカチで悠然と拭い、精神崩壊した日村菫を冷ややかに見下ろした。
「あなたが私にくれたものでしょう。趣味じゃないから、倍にして返してあげる」
日村菫の断続的なしゃくり上げだけが響く中、再び扉が開かれた。
入り口に、東野明司が姿を現す。
彼は顔中を朱墨で汚され震える日村菫を一瞥し、次いで、涼しい顔で佇む私へと視線を移した。
その顔には、筆舌に尽くしがたい複雑な色が浮かんでいた。
