第32章 一度も知らなかった

池川里緒は力いっぱい重久瑛介を突き放すと、震える指でコートのボタンを外した。シャツの裾をズボンの中から引っぱり出し、身体を少し横に向けて、服の裾をまくり上げる。

そこに露わになったのは――傷跡だった。

腰の脇から背中の方まで伸びる、長くて醜い一本の痕。滑らかだった肌の上に、まるでムカデが張りついたみたいに這っている。

重久瑛介の視線がそこに吸い寄せられ、瞳がはっと縮む。

「これ、二年前。綾斗が幼稚園に上がったばかりの頃にできた。あなた出張してて、うちの阿姨が一人休みで、残ったのは高山さんだけ。高山さんが子ども見て、私はご飯を作ってた。綾斗、高山さんのご飯は口に合わなくて……だから私が...

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