第60章 もうF国へ行かなくていい

重久瑛介は、はっとした。

そうだ。自分にも分からない。池川里緒がいつから笑わなくなったのか。

自分の拙い愛の言葉ひとつで頬を赤くし、唇をきゅっと結んでいた女。家に帰るたび、彼が買ってきた花束を見て、目元をふわりと和ませていた女。息子のほんの小さな成長にも、心から喜んでいた女。

あの人は、いつから笑顔も生気もそっとしまい込み、深まっていく疲れだけを残すようになったのだろう。

前谷明梨が帰国してからか。

それとも、もっと前からか。

もう、分からなかった。

「パパ、分かったよ」

重久瑛介はかすれた声で言った。

息子の背を、ぽん、ぽんと静かに叩く。そうして、やわらかく言い聞かせるよ...

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