一百五十七話

黒崎からの電話は、深夜十一時四十三分にかかってきた。

「成田空港。プライベートラウンジ。午前二時出発予定」

私はスマホを作業台の上に置いたまま、動けなかった。

母の母冊はまだ目の前に広げられていた。『未名』という二文字を一晩中見つめていたせいで、その文字が網膜に薄く焼きついていた。目を閉じても、まだそこにある。

凜人がソファから立ち上がり、近づいてきて、スマホを手に取ってちらりと見た。

「佐伯に電話する」

その声は、穏やかだった。冷静というより、怒りを深く深く押し込めて、呼吸のリズムさえ乱さない、そういう種類の穏やかさだった。彼が部屋を出て、廊下で低い声で話すのが聞こえた。私は...

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