第六十一話

電話は、切れていなかった。

私はベランダに立って、スマートフォンを耳に当てたまま動けなかった。夜風がシャツを背中に貼りつかせ、遠くに東京タワーの暗い赤い光が見えた。眠ることを拒んだ星のように、じっと輝いていた。

三秒。五秒。八秒。

電話の向こうで、蒼太の呼吸が聞こえた。子猫の喉鳴りみたいに、穏やかで、軽かった。目を閉じれば浮かんでくる——ぬいぐるみのクマを抱いて布団の中で丸くなり、キッズ用のスマートフォンを耳に当てて、大きな目で天井を見つめている姿が。

「ママ、」もう一度、彼の声が聞こえた。さっきより低く、ため息のように。「夜ごはん、ちゃんと食べた?」

手の指が、スマートフォンの...

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