第九十三話

蓮は一人で、神宮外苑へ向かった。

会議のためではない。誰かと会うためでもない。桐生を車に残し、静かな路地へと足を踏み入れた。

工房の表札は真鍮製で、「S」の一文字が刻まれていた。建物は昭和時代のもので、外壁には蔦が這い、窓辺には小さな観葉植物が置かれていた。雨に打たれた葉が、濡れて光っている。三階の窓に灯りがともっていた。ガラス越しに、壁一面のデザイン画が見えた。まるで何かが、静かに育っているようだった。

彼はそこに、十分ほど立ち尽くした。

上がらなかった。

インターフォンも押さなかった。

桐生に伝言を頼むこともしなかった。

ただ立ったまま、あの灯りをしばらく見上げ、それから...

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