第 5 章セットアップ
ウェズリーはマシューの幼なじみで、彼の秘密の大半を知る男だった。補佐のジョン・ミッチェルを除けば、マシューが最も信頼している相手でもある。
ウェズリーに導かれ、マシューはホテルの屋上プールへ向かった。そこにはすでに、身なりの整った男女が水着姿で大勢集まっていた。
洒落たビキニの女たちがプールの縁に立ち、グラスを手にしたり、水をはねさせたり、あちこちでおしゃべりに興じたりしている。
マシューがプールサイドに姿を見せるなり、数人の若い女がいっせいに目を向けた。
「こんばんは、ハワード様」
「やあ、ルーシー。ずいぶんふっくらしたな。鍛えてるのか?」
「キャサリン、肌が少し焼けたね。明日、海で日焼け止め塗ってあげようか?」
「ジェシカ、雰囲気が変わった。母親になってさらに似合ってるな。今夜、子育てのコツでも教えてくれないか?」
ウェズリーは会場の女のほとんどと顔見知りらしく、人混みをすり抜けながら気さくに声をかけて回った。軽い挨拶を交わした女たちは、すぐさま視線をマシューへ移していく。
値踏みするような視線が四方から刺さり、マシューは眉をひそめてウェズリーをにらんだ。
「本当にここで会う必要があったのか? こういう場所が嫌いなのは知ってるだろ」
「ブラウンさん、そのお友だち? すごくハンサム。恋人とかいるのかしら」
ヒョウ柄のビキニを着た金髪が近づき、色っぽい目つきでマシューを見上げた。
「いないよ」ウェズリーが言う。
その言葉に、金髪の瞳がぱっと輝いた。
だが、ウェズリーは続けてこう付け加える。
「ただし、今日結婚したけどね」
女の表情がすっと曇った。
「邪魔してごめんなさい。ハワード様、今夜お酒でもどう?」
そう言いながら、彼女の関心は独り身で知られるウェズリーへと移っていた。
「もちろん。連絡するから待ってて」
ウェズリーは片目をつぶり、手で電話のしぐさを作ってみせる。
彼女が去ると、マシューはウェズリーに向き直った。
「俺が居心地悪そうにするのを見たいだけで呼んだなら、そのプールに蹴り落とすぞ」
ウェズリーは慌てて両手を上げ、降参の構えを見せた。
「落ち着けって。冗談だよ。こっちだ」
ウェズリーはマシューの腕を軽く叩き、近くのラウンジチェアへと連れていった。周囲には数人の護衛が立ち、他の連中を寄せつけないよう距離を取らせている。
「海外に行く前、お前は家の連中の一部を見張れって言ったよな。ちゃんとやった。で、これが結果だ」
ウェズリーが紙袋を放ってよこした。
マシューはそれを開け、中身を確かめる。口元に嘲るような笑みが広がった。
「家の中を一度掃除する必要がありそうだな。血筋を盾に、家の資産を食い物にしていいと思ってる寄生虫は、どこにでも湧く」
「大木が外から切り倒されるとは限らない。内側の害虫に食われて枯れることもある。処理する時、俺の名前だけは出すなよ。敵は作りたくない」
ウェズリーは肩をすくめると、いたずらっぽく笑ってマシューへ身を寄せた。
「今日帰ってきたのは、この資料のためだけか? 花嫁が相当きれいだって聞いたけど」
マシューは書類をしまい、好奇心むき出しのウェズリーを冷ややかに見た。
「あれは家の希望を叶えるためだ。結婚したところを見たがっていただけ。俺が女にアレルギーなのは知ってるだろ」
ウェズリーはまた両手を上げる。
「はいはい。でも説明くらいする気はあるのか? 世間じゃ、お前は不能だって言われてるぞ。もし俺がそんな状態だったら、恥ずかしくて死にたくなる」
ウェズリーは首に縄をかけてぎゅっと締める真似をし、それから大げさに目をひんむき、舌をだらりと突き出したまま、頭を片側へがくんと垂らしてみせた。
マシューは、近くのテーブルからブドウを一粒つまんで口に放り込みながら、友人のばかばかしい芝居を眺めていた。
「シェイクスピアも言ってただろ。人生で本当に気にする相手なんて、結局ひと握りだって。どうでもいい観客の目なんか気にする必要はない」
「シェイクスピアが本当にそんなこと言ったのか?」
「さあな。言ったことにしとけ」
ウェズリーは目をぐるりと回した。
「やれやれ。おまえは女と一緒にいるってのがどういうことか、一生わからないだろうな」
ウェズリーはラウンジチェアから立ち上がり、プールへ向かった。
「やあ、お嬢さん方! 王子様のお出ましだ! 今夜、ガラスの靴を試してみたいシンデレラはどれだ?」
そう言い終えると、彼はプールへ飛び込み、大きな水しぶきを上げた。美しい女たちが人魚のように彼の周りへ集まってくる。
「ほらな! これが楽しいってもんだ!」ウェズリーは声を張り上げ、周囲の女たちの間で手を動かした。プールの中はくすくす笑いと甘い吐息で満ちていく。
マシューは首を横に振り、テーブルの書類を手に取ると、その場を離れた。
一方、オリヴィアは個室の中で、いつもと違う熱の波を感じていた。腕時計を見ると、セレステに言われた時間がもうすぐ切れそうだったため、戻ることにする。
「ごめんなさい、みんな。もう行かなきゃ。新婚なんだし、ハワード家にはちゃんといい印象を持ってもらわないとね」
友人たちにドアまで見送られ、オリヴィアは申し訳なさそうに肩をすくめた。エズメが家まで送ると言ったが、オリヴィアは丁寧に断った。
「大丈夫、ひとりで平気よ」
オリヴィアは笑ったが、エズメが付いてきたらセレステが嫌味を言いかねない、と内心では不安だった。
エズメはうなずき、オリヴィアがエレベーターに乗り込むのを見届けた。扉が閉まると同時に、彼女の口元に軽蔑の笑みが広がる。
「素敵な夜を楽しんでね、親愛なるお友だち。明日、あなたの名前が見出しに踊るのを楽しみにしてるわ」
エレベーターの中で、オリヴィアは突然、熱が体中を駆け抜けるのを感じた。呼吸が速くなる。
「なに……どうしたの? 心臓が……速い」
オリヴィアは息をのんだ。なぜ全身がじんじんと痺れるのか、なぜ触れ合いたいという衝動が洪水のように押し寄せるのか、理由もわからないままに。
そのとき、エレベーターの扉が開き、マシューが乗り込んできた。オリヴィアに気づいた彼は眉をひそめ、距離を取るように脇へ身を寄せた。
マシューはオリヴィアの写真を見たことがなく、彼女を取るに足らない女のひとりとしか思っていなかった。だから、彼女が自分の妻だとは気づきもしない。
エレベーターが階を下りるたび、オリヴィアの意識はますます霞んでいく。やがて、濃い男の匂いが鼻先に届いた。
すぐそばで荒い息づかいがしたのを感じ、マシューは顔をしかめて振り向いた。すると、オリヴィアが彼の腕の中へ崩れ落ちてくるところだった。
「くそっ、離れろ!」マシューが怒鳴ったが、オリヴィアはコアラみたいにしがみつく。
「ちっ……アレルギーが出る。薬はどこだ……?」
マシューは必死にポケットを探り、アレルギーの錠剤を取り出した。だが、ボトルを手にした瞬間、いつもなら出るはずの発疹が手首にまったくないことに気づき、驚く。
「どうなってる? 発疹もないし、呼吸も心拍も普通だ。症状が良くなったのか……それとも、この女のせいで……?」
そう考え込んだ矢先、オリヴィアの柔らかな唇が、彼の唇に重なった。
