第88章

『樹ひとりじゃ満足できないってことか?』

美月はその言葉を心の中で何度も反芻し、やがて淡く笑みを浮かべた。

気にはならなかった。

ただ、汚らわしいとだけ思った。

その言葉も、それを吐き出す口も、そして彼の心も、すべてが汚らわしい。

美月が口を開くより早く、背後から低く澄んだ声が降ってきた。チェロの低音を思わせる響きで。

「手を離せ」

いつの間にか、和也が歩み寄っていた。

美月の傍らに立ち、腕一本分という紳士的な距離を保っている。近すぎず、遠すぎもしない。

片手をスラックスのポケットに突っ込み、もう片方の手は自然に下ろしたまま、その佇まいは無造作でありながらも余裕に満ちていた...

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