第3章 変わらぬ物、変わる人

彼女は別荘の方を振り返り、わざとらしく心配そうな顔を作った。

「そろそろ戻らないと、蓮お兄様が探しに来ちゃうわ。彼ったら、今は片時も私から離れようとしないんだもの」

そう言って軽やかに笑うと、彼女は優雅に身を翻し、あの暖かく光に満ちた世界へと戻っていった。

綾瀬美月は一人、冷たい雨の夜に取り残され、底なしの絶望と憎悪に飲み込まれていった。

雨脚は強まり、綾瀬美月は全身ずぶ濡れで、寒さで感覚を失いかけていた。どこへ行けばいいのか分からない。この広い世界に、自分の居場所などないように思えた。

意識が朦朧とし始めたその時、一本の黒い古傘が頭上に差し出され、冷たい雨を遮った。

執事の田中だった。

彼は複雑な表情を浮かべ、傘を彼女の手に握らせると、ポケットから慌ただしく数枚の紙幣を取り出し、彼女の氷のような手に押し込んだ。

「綾瀬様……これを使って、タクシーを呼んで、どこか宿をとってください」

田中の声は低く、忍びなさが滲んでいた。

「もう戻ってきてはいけません。旦那様は……本当に容赦なさいませんから」

綾瀬美月は最後の藁にすがるように、田中の袖を掴んだ。髪から雨水が滴り落ちる。その哀願は悲痛だった。

「田中さん! 田中さんお願いします! 助けて……あの子を連れ出してください! お願いです! あんな生活、あの子が死んでしまう! あの子が死んでしまうわ!」

田中は困惑した表情で別荘の方を警戒し、ため息をついて声を潜めた。

「綾瀬様、助けたくないわけではないのです……ですが若様は……表向きは桐島家の血筋です。旦那様は今あのような態度ですが、監視は厳重で、私には連れ出す隙などありません。旦那様は、あの子を一歩も桐島家から出すなと厳命されています。もし破れば、我々全員がただでは済みません……どうか、早くお逃げください!」

田中はそう言い残すと、誰かに見られるのを恐れるように、足早に去っていった。

最後の希望も絶たれた。

綾瀬美月は冷たい傘と僅かな紙幣を握りしめ、心が灰になるのを感じた。

どうやって立ち上がり、どうやってよろめきながら道端まで歩き、どうやって田中がくれた金でタクシーを拾ったのか、記憶が定かではない。

運転手は彼女の無惨な姿を見て躊躇したが、最終的には乗せてくれた。

「どちらへ?」

どこへ? 綾瀬美月は窓外の雨幕をぼんやりと見つめた。行くあてなどあるのだろうか。

「……へ」

彼女は一つの住所を告げた。それは、嫁ぐ前の実家だった。

車は雨夜を走り、やがて一棟の古びた別荘の前で止まった。

記憶の中よりも荒廃しているように見えたが、庭には明かりが灯り、人の気配があった。

綾瀬美月は料金を払い、古傘を差してよろめきながら鉄門の前に立ち、インターホンを押した。

すぐに、パジャマ姿の少し太った中年女性が傘を差して出てきた。鉄門越しに警戒心を露わにして彼女を品定めする。

「誰だい?」

綾瀬美月は見覚えがあった。叔母だ。

「叔母さん、私です、美月です」

叔母は一瞬呆気にとられ、顔を近づけて凝視すると、驚きと嫌悪の入り混じった表情を浮かべた。

「綾瀬美月? 出所したのかい? なんて恰好だ、まるで幽霊じゃないか」

門を開ける素振りはない。

「叔母さん、どうして私の家に?」

綾瀬美月は胸騒ぎを覚えながら、怒りを抑えて尋ねた。

「あんたの家?」

叔母は鼻で笑った。

「ここはとっくにあんたの家じゃないよ! 父親がどうなったか、知らないわけじゃないだろう? 今は私たちが住んでるんだ! あんたの居場所はないよ!」

綾瀬美月の心は再び沈んだ。

予感はしていたが、親族の口から聞くのは辛すぎた。

「じゃあ、お母さんは?」彼女は深呼吸をした。「お母さんはどこ?」

叔母は口を歪め、棘のある口調で言った。

「母親? ふん、あんたがムショに入ってすぐ、父親は死んだよ。母親は半年も経たずに『もう耐えられない』って言って、とっくに再婚したさ! 地方で商売やってる男と一緒になって、羽振りよくやってるらしいよ。こっちとはもう縁が切れてるんだ。探しに行って迷惑かけるんじゃないよ!」

綾瀬美月はその場に立ち尽くし、雨が傘を叩く音が、単調で不安を煽るリズムを刻む。

叔母の言葉は晴天の霹靂のように、既に穴だらけだった彼女の心を粉砕した。

お父さんが……死んだ?

入獄前、父は重病だったが、医者はまだ希望があると言っていた。

彼女があの途方もない罪を被ったのは、桐島蓮が父に最高の治療を受けさせると約束したからではなかったか?

三年の獄中生活、彼女はその約束を支えに、父の回復を願い、出所後に帰る家があるという幻想に縋って、絶望の淵から這い上がってきたのだ。

それなのに……父はずっと前に死んでいた?

じゃあ、私の犠牲は何だったの?

この三年の屈辱と苦痛は?

私は徹頭徹尾、滑稽なピエロだったというの!

巨大な不条理と悲しみが津波のように押し寄せ、彼女は足元をふらつかせ、後ずさった。傘が傾き、冷たい雨が再び頬を打ち、熱い涙と混ざり合う。

「そんな……嘘よ……お父さんが……」

彼女は譫言のように呟いたが、その声は壊れて自分でも聞き取れなかった。

叔母は鉄門越しに、魂が抜けたような彼女を見ても同情の色はなく、ただ不耐煩なだけだった。

「嘘なもんか! あんたが入ってすぐ亡くなったんだよ! 葬式だってうちが出してやったんだ! ほら、もう行きな。夜中にそんな幽霊みたいな恰好で立たれてちゃ、縁起が悪い!」

「ガシャン!」と鉄門が内側から閉ざされ、庭の僅かな光も遮断された。それは綾瀬美月の最後の希望を完全に打ち砕く音だった。

彼女は雨の夜に一人取り残され、閉ざされた門を見つめた。世界中から遺棄された気分だった。

お母さん……そうだ、お母さんがいる!

綾瀬美月はふと思い出した。刑務所の三年間、母が面会に来ることはなかったが、時折差し入れが届いていた。清潔な着替え、新しい本、日持ちする食料。

それらは灰色の獄中生活における数少ない、外界からの温かい光だった。

お母さんは私を思ってくれている! きっとそうだ!

叔母は再婚したと言ったが……もしかしたら何か事情があったのかもしれない。生活に追われて? 叔父たちに追い出されて? 今は何か困難があって迎えに来られないだけかもしれない。

綾瀬美月は絶望の瓦礫の中から、必死に自己欺瞞の火種を探し出し、凍えた心を温めようとした。

そう、きっとそうだ。

お母さんは私を捨てたんじゃない、ただ……っぴきならない事情があるだけ。

もうここにはいられない。

ここはとっくに私の家ではないのだ。

彼女は踵を返し、鉛のように重い足を引きずり、濡れた舗道をあてもなく歩き出した。

雨はまだ降り続いている。古傘は頭上を覆うだけで、四方八方から押し寄せる寒さと孤独を防ぐことはできなかった。

どこへ? どこへ行けばいいの?

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