第320章 昔の出来事

シュエットの車が街角の向こうへ消えていく。綾瀬美月はその場に立ったまま、黒いボディが車の流れに溶け切るまで見送った。

そして踵を返し、家へ向かう。

マンションの敷地入口に差しかかったところで、スマホが鳴った。

見知らぬ番号。発信元は不明。

美月は一拍迷ってから通話ボタンを押す。

「……もしもし?」

『綾瀬さん。お久しぶりですね』

受話口から流れてきたのは女の声だった。温度のない、冷えた声色。

『私、エミです』

エミ――その名は、美月の脳内で瞬時に輪郭を結ぶ。氷室龍一の元部下。仕事以上の感情を抱いていた女。電話越しに美月へ無遠慮な言葉を投げ、氷室に切り捨てられて中枢から外され...

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