第97章 ベナの兄

ふと、記憶が蘇る。以前、氷室龍一が高熱に浮かされ、意識も定かでない中で繰り返し呼んでいたのは――まさしく『母』だった。

あの時はただ驚きしかなかったが、今になって胸を締め付けるような切なさがこみ上げてくる。

自分は存命の母を捜すために南部へ赴く。だが、隣にいるこの男はすでに両親を亡くしているのだ。墓参りさえ容易ではなく、危険すら伴うかもしれない遥か彼方へ向かわねばならないほどに。

言葉にできない愛おしさのような感情が、心の奥底で芽生え始めていた。それは、彼の強引な手配に対するわずかなわだかまりを、静かに洗い流していく。

彼の冷ややかな横顔に、一瞬だけ過った脆さと追憶の色。それを見てし...

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