第110章

だが彼女が言い終えるより早く、髙野拓海の瞳から最後の忍耐がすっと消えた。

薄い唇がわずかに開く。

「分かった。もう帰っていい」

言い捨てると、彼はそのまま歩みを進め、彼女の横をすり抜けてビルの中へ入っていく。迷いは一切ない。

振り返りもしない。余計な視線など、ひとつもくれない。

田中祐衣はその場に立ち尽くした。手にした上品なギフトボックスをぎゅっと握り締めると、顔に貼りつけていた柔らかな無垢の仮面が、ぱきりとひび割れた。

胸の奥からこみ上げるのは、濃い屈辱と、押し殺せない悔しさ。

――どうして。

丹念に装い、頭を下げ、必死に取り入った。それでも彼は、こちらを見ようともしない。...

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