第2章

藤沢茜視点

 展覧会から三日後、私はアトリエで粘土彫刻に取り組んでいた。

 湿った表面を指が滑り、その質感が移り変わっていくのを感じる。この瞬間が一番好きだ。色を見る必要がない。ただ、感じるだけでいい。

「コン、コン」

 ドアのほうから真琴の声がした。顔を上げると、彼が戸口の枠に寄りかかり、片手に紙袋を提げているのが見えた。

「タイ料理」と彼は言って、袋を持ち上げてみせる。「君の好きなやつ。グリーンカレー」

 壁の時計に目をやる。午後七時。私たちの恒例行事。毎週水曜の夜、真琴がアトリエに夕食を持ってきてくれる。一緒に食べて、お互いのプロジェクトについて話すのだ。

「五分ちょうだい」と私は言う。「片付けてくるから」

 彼は中に入ってくると、戸棚に直行し、もう何百回もやってきたかのように食器を取り出す。このアトリエは、彼にとって第二の家のようなものだ。

 私が手についた粘土を洗い流している間に、真琴がすべてを準備してくれる。スパイスの香りが部屋に満ちていく。

「それで」彼は私にスプーンを渡しながら言った。「卒業制作のプロジェクト、松本先生は何か言ってたか?」

 私の手が、一瞬固まる。「まだ、取り組んでるところ」

「茜――」

 彼のスマホが震えた。

 真琴が画面を確認すると、その表情に何かが変わった。

「ごめん」と彼は言う。「これ、出ないと」

「絵美か」と彼が言うのが聞こえる。「今から?」

 私はお皿に視線を落とし、聞いていないふりをした。

「デザインに画期的な進展が?」彼の声には興奮が混じっていた。むき出しの、抑えきれない興奮。「本当か? それでいけるって確信があるのか?」

 間。

「わかった、すぐ行く。ああ、わかってる。これが重要だってことは」

 彼は電話を切ると、申し訳なさそうな顔で私に向き直った。

「茜、俺――」

「行ってきなよ」私は声をできるだけ明るく保ちながら、彼の言葉を遮った。「大事なことみたいだし。私だってもう少し作業が残ってるから」

「本当にいいのか? まだ全然――」

「いいって。行きなよ、真琴」

 彼は一瞬ためらったが、やがて立ち上がった。

「埋め合わせはするから」と彼は言った。「約束だ」

 ドアが閉まった後、私はまだ湯気の立つ二つの容器を見つめていた。

 グリーンカレー。彼は私の好物を覚えていてくれた。

 でも、それでも彼は行ってしまった。

 絵美のために。彼をあんなにも輝かせる、あのプロジェクトのために。

 私は皿を押しやり、隅に置いてあるイーゼルのほうへ歩いていった。

 それは私が挑戦している絵画だった――色を使おうと試みている作品。スマホの、絵の具のチューブを識別してくれるアプリを使いながら。

 でも、出来上がるものは生命感に欠けていた。

 ただ色を塗りたくっただけ。魂がこもっていない。

 初めて、自分のこの欠陥が、本気で嫌になった。

 もし私が色を見ることができたら。もし私が、絵美がするように「コバルトブルーからウルトラマリンへの移ろい」について語れたなら、真琴は私と話すときも、あの興奮した声色を使ってくれるのだろうか?

 その考えが、ずしりと胸にのしかかる。

 午前二時。私はまだアトリエにいた。

 イーゼルの周りには、失敗作が山積みになっている。何度も何度も試したけれど、何一つしっくりこない。

 色なんて、私にとってはただの概念だ。空は青い「もの」、草は緑の「もの」だと知っている。でも私に見えるのは、明暗の異なる灰色だけ。

 スマホを手に取り、色認識支援アプリを開く。

「これはカドミウムレッドです」と、機械的な音声が告げる。

 カドミウムレッド。それが赤だということは知っている。明るく、暖かい赤。

 でも私には、隣に置いてある緑の絵の具チューブとほとんど見分けがつかない。

 スマホが震えた。真琴からのメッセージだ。

「今夜はごめん。デザインが大きく進展して、企画を詰めてた。明日、昼でもどう?」

 私は画面をじっと見つめた。

 喜ぶべきなんだ。真琴には彼自身の人生があって、彼自身のプロジェクトがあって、彼自身の……未来がある。

 そして私は、何も期待すべきじゃない。

 私たちはただの友達。ずっと、ただの友達だった。

「明日は打ち合わせ。また今度」

 そう打ち込んで、送信する。

 それからスマホの電源を切り、イーゼルに向き直った。

 でも、結局ただそこに座って、自分が決して本当には理解できない色たちを、見つめているだけだった。

 もし私がこんなに壊れていなかったら、物事は違っていたのだろうか、と初めて思った。

 もし私がまともだったら、真琴は……。

 いや。

 私は首を振った。

 そんな考えは、危険だ。

「茜くん、座ってくれ」

 松本教授の研究室は、いつも私を緊張させる。壁には彼の教え子たちの受賞作が飾られている――そのすべてが、鮮やかで色彩豊かな油絵だ。

 私は椅子に座り、指を組んだ。

「君の卒業制作の企画書だが」彼は眼鏡の位置を直しながら言った。「正直に言わせてもらうと、茜くん。私は懸念している」

「少し遅れているのは承知しています――」

「スケジュールの問題だけじゃない」彼は遮った。「方向性だ。この大学の卒業制作には明確な要件があることは知っているだろう。学生は総合的な能力を証明する必要がある。それには……」

 彼は言葉を切った。

「色彩表現も含まれる」

 心臓が沈むようだった。

「松本教授、私にとってそれが難しい課題であることはわかっています。でも、努力はしていて――」

「努力しているのは知っているよ、茜くん」彼の口調が少し和らいだ。「君の彫刻作品は素晴らしい。形や質感への理解は、ここのほとんどの学生を凌駕している。だが……」

 また、その「だが」だ。

「だが、アートの世界は厳しい。君の色覚じゃ、ビジュアルアートの世界でやっていくのは……大きな壁になる」

「では、先生は私に……?」

「美術史か、キュレーションの分野に転向することを考えてみてはどうかと提案しているんだ」彼は椅子の背にもたれた。「これらの分野も芸術的理解は必要だが、君自身が色を使って創作することは求められない。君の分析能力や批評的思考を活かせるだろう――」

「でも、私は、創りたいんです」私の声は小さくかき消えそうだった。

「わかっている。だが、時には現実的になることも必要だ」松本教授はため息をついた。「君のためを思って言っているんだよ、茜くん。君がこれだけの時間と労力を、もしかしたら……うまくいかないかもしれないものに注ぎ込むのを見たくはない」

 うまくいかないかもしれない。

 その言葉は、息が詰まるほどの衝撃だった。

「考えてみてくれ」と彼は言った。「まだ進路を変更する時間はある」

 彼の研究室から出たとき、足に力が入らなかった。

 廊下の向こうで、何人かの同級生が卒業制作について話している。カラースキームがどうとか、視覚的インパクトがどうとか、感情表現がどうとか。

 そして私は、基本的な色の区別さえつかない。

 その夜、真琴からメッセージが来た。「よぉ、今日どうだった?」

 私はそのメッセージを長い間見つめていた。

 やがて、言葉を打ち込んだ。「別に、普通かな」

 そして、スマホの電源を切った。

 だって、どうやって彼に伝えればいいのかわからなかったから――

 自分が自分でいられる唯一のものを、失くしかけているなんて。

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