第4章
藤沢茜視点
クリスマスイブ。
例年通りなら、今頃は高田家にいて、真琴の両親と一緒に食卓を囲んでいるはずだった。十五年前に引き取られてから、毎年ずっとそうしてきたのだ。
でも今年は、代わりに高田おばさんへメッセージを送った。「ごめんなさい、急ぎのプロジェクトがあって、大学に残らないといけないんです。素敵なクリスマスイブを」
また一つ、嘘が積み重なった。
本当は、ただ真琴にどう顔を合わせればいいのか分からないだけ。
キャンパスはほとんど無人だった。みんな家に帰ってしまったのだ。建物は暗く、小道は空っぽ。カフェでさえ早々に店を閉めていた。
私はアトリエに一人きり、真っ白なキャンバスを睨みつけている。
それは、他のすべてと同じくらい空虚に、私を見つめ返してくる。
七時ごろ、高田おばさんから電話がかかってきた。
「茜ちゃん」その声はあまりに温かく、胸が詰まる。「本当に来られないの? あなたの大好物のショートケーキ、作ったのよ」
私はぎゅっと目を閉じた。「本当にごめんなさい、おばさん。締め切りが迫っていて」
電話の向こうで、間が空いた。
「茜ちゃん」今度は、より優しい声だった。「いつでも私たちに話していいのよ、分かってるでしょう? 何があっても」
堪える間もなく、涙がこぼれた。
「分かってます」途切れ途切れの声で、何とかそう言った。「ただ……今は本当に、手一杯で」
「そう、分かったわ」彼女は優しくため息をついた。「でも忘れないでね。ここはいつでもあなたの家なんだから」
電話を切った後、私は作業台に突っ伏して泣いた。
アトリエは寒い。外では、B市の街は、すべての窓から灯りを放ち、温もりと生命感にあふれていた。
それなのに私は、このがらんとした部屋で一人、体を丸めている。まるで両親を亡くした、あの八歳の女の子みたいに。
一人で。見捨てられて。どこにも居場所がない。
午後十時、スマートフォンの画面が光った。
メッセージ。真琴からだ。
心臓が喉まで跳ね上がった。震える手でスマートフォンを掴む。
それは一枚の写真だった。
クリスマスイブの食卓。ローストチキン、ショートケーキ、パスタ、美味しそうな料理が完璧に並べられている。
でも、そこには空席が一つ。
私の席だ。
この十五年間、毎年クリスマスイブで座ってきた場所。
写真の下には、たった一行の言葉。
「茜がいないと、食卓が寂しい」
涙で何もかもが滲むまで、私は画面を見つめ続けた。
彼らがそこに座っている光景が目に浮かぶ。高田おばさんが、あの空席にちらりと目をやる。高田おじさんの、穏やかなため息。
そして、真琴。
彼はどこに座っているんだろう? 彼も私の空席を見ているのだろうか? まだ私に怒っているのかな?
キーボードの上で指がさまよう。何か言いたい。何でもいいから。
「ごめんなさい」
「会いたい」
「私もそこにいたかった」
でも、どれも打ち込むことはなかった。
だって、何を言えばいいのか分からないから。頭の中で何が起きているのか、どう説明すればいいのか分からないから。
だから私はただスマートフォンをオフにして、またあの真っ白なキャンバスを睨みつけることにした。
休みが明けて授業が再開しても、真琴を避け続けられると自分に言い聞かせていた。
どうやら運命は、別の筋書きを用意していたらしい。
その日の午後、私はアトリエへの近道をしようと、たくさんの画材を抱えて建築学部の建物を通り抜けていた。
その時、彼らを見てしまった。
外のベンチに座っている、真琴と絵美さんを。
絵美さんの頭が、真琴の肩に寄りかかっている。
私は凍りついた。
ここからでも、二人が話しているのが見える。絵美さんは泣いているようだ。真琴は彼女の肩に腕を回し、抱き寄せている。
それは親密で、自然で、まるでお似合いの二人みたいだった。
抱えていた画材が腕から滑り落ち、ガチャンと大きな音を立てて地面に散らばった。
二人が顔を上げる。
真琴の視線が、私を捉えた。
「茜――」
私は背を向けて走り出した。
「茜! 待て!」
背後から追いかけてくる足音。そして、手首を掴まれた。
「茜、話がある」真琴の声には切迫感があった。
私は腕を振り払った。「話すことなんて何もないわ、真琴」
「あるだろ!」彼の声が大きくなる。「なんでずっと逃げるんだ? なんで電話に出ない? なんでクリスマスイブに来なかったんだ?」
「行きたくなかったからよ!」私も叫び返していた。「私には自分のスペースが必要だから!」
「スペース?」彼はほとんど怒鳴っていた。「君が必要なのは、俺からできるだけ遠くに離れることだろ? N市に行って、心機一転、ここのことは全部忘れるとか?」
「そうよ!」言葉が喉から張り裂けるように飛び出し、涙が頬を伝った。「たぶん、私にはまさにそれが必要なのよ! あなたにはあなたの人生がある。プロジェクトも、将来も、それに……絵美さんも。私には私の人生が必要なの!」
彼はまるで殴られたかのような顔をして、一歩後ずさった。
「それが君の考えか?」彼の声はほとんど囁き声にまで落ちた。「君は、俺と絵美が……ってそう思ってんのか?」
「見たもの!」私はベンチの方を指さした。「二人がどんな風だったか、見たんだから!」
「彼女は泣いてたんだ! 彼女は――」彼は不意に言葉を切り、深く息を吸った。「もういい。君が俺をそれっぽっちしか信用してないなら、たぶん君の言う通りだ。俺たちには、スペースが必要なのかもしれないな」
彼の瞳には、傷を負ったような色、怒り、そして真琴が今まで目にしたことのない感情――失望が宿っていた。
「スペースが欲しいんだな、藤沢茜。結構だ」彼の声は今や平坦だった。「好きなだけくれてやる」
彼は背を向けて歩き去った。
今度は、去っていくのは彼のほうだった。
そして私は、角を曲がって消えていく彼の背中を、ただ立ち尽くして見送っていた。
胸にぽっかりと穴が空いたようだった。何かがえぐり取られ、彼と一緒に持ち去られてしまったみたいに。
